純粋とは矛盾色-Necronomicon rule book-

夢と希望をお届けする『エムシー販売店』経営者が描く腐敗の物語。 皆さまの秘めた『グレイヴ』が目覚めますことを心待ちにしております。

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 散歩に出ていた由美が、背後からなにかがぶつかったような感触があった。

「――なに!?」

 背後を見ても姿はない。だが、その感触は分厚い壁を通りぬけて自分の身体の中にすうっと入ってくるかのような衝動だった。

「……いやあ……はいってこないでええ……」

 その場にうずくまり小さく震える。時折苦しそうに「あっ」と言う声が漏れる。
 しばらくして麻美の表情が一瞬消えて目を閉じた。
 だが、次の瞬間には麻美が急に起き上がったのだ。

「えっ、なに――?……えっ?」

 意識を取り戻した由美はまわりをきょろきょろ見回して、しばらくして自分の身体を見比べていた。
 状況が把握できたのか、落ちついた由美が呟いた。

「本当に出来たんだ……」

 由美の声で、毅は呟いた。これが毅の初憑依だった。


 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・
「すごい。自分の身体じゃないのに俺の思うとおりに動く」

 毅が由美の身体で手のひらを握る。他人の身体がまるで自分の身体の様に動くことがとてもうれしかった。

「この人誰だろう?」

 ポケットの中にある財布を取り出す。カード入れの中に免許証も入っていた。

「麻上由美さん……二十歳なんだ。へえ。俺の姉ちゃんと同じ年だ。姉ちゃん知ってるかな?」

 っと、そうだった。毅は本来の目的を思い出す。

「家に帰らなくちゃ」

 そう言って一歩前に足を出す。

「―――――くぅ」

 歩く度に毅は悦びを噛みしめる。歩くことを絶望していた毅にとってまた外で太陽の下歩くことが何よりも幸せだった。いや、それだけじゃない。先程まで何も見えなかった状態で、今は由美の目、鼻、口、耳、そして感覚を使うことが出来るのだ。

「由美さんに感謝しないと。ありがとう、由美さん」

 自分の声じゃなく由美の声で謝ると、少し歯がゆくて小さく笑った。続きを読む

「んん……ちゅっ」
「ハア…んあっ……」

 どうしてこんなことをしているのだろう?

 目の前で彼女たちが乱れている。
 呆然としている僕の唇を奪い、身体をいじってなぐさめている。
 僕の声から恥ずかしい声が漏れてしまう。

「あっ、やっ、やめてよ」
「どうして?こういうこと嫌い?」
「きらいじゃないけど、はっ!」
「うふっ。良い声出すね」

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 僕は彼女たちを助けたかっただけだ。傷を治してあげようと思っただけなんだ。
 それは僕の好意からかもしれない。
 でも……


「(彼女たちに褒められたい)」


「はあっ!」

 先程よりも身体が大きく震えた。彼女たちが喜ぶ。

「もっと、もっと感じて」
「私を好きになって」

 そうか…
 そういうことだったんだ……

 あの『塗り薬』は、塗った人の思いが傷口から入りこむ不思議な薬だったんだ。

 痛いの痛いの飛んでけ、は『塗り薬』で本当の魔法に変わった。きっと今頃誰かの元に入り込んでいるんだろう。
 そして彼女たちは――


「(今はガマンだ。最後に感謝されたらそれでいいんだ……)」
「(彼女たちに褒められたい)」
 ――可愛い


 ――僕の想いが入りこんだ彼女たちは、好き放題に僕をいじめる結論に達したんだ。

 好意から生まれる行為によって
 我慢することをやめれば
 彼女たちは褒めてくれるのだから――続きを読む

 木枯らしが吹くこの頃。秋が終わり冬の到来が近づいているのをガラス越しで眺める。一枚だけ残った葉っぱは、寒さに耐えて必死に生き残っていた。

「この葉っぱが散った時、俺の生命も終わるんだ」
「なにを言ってるのよ、若い子が人生にしょぼくれてちゃ駄目よ」

 看護師の貴美子が小笠原毅に優しく接するが、毅は長い病院生活に疲れてしまっていた。交通事故。歩くことさえ絶望的だと申告された毅にとって、生きているのさえ苦痛なのかもしれない。
 動くことのない景色を見ながら暇な一日に飽き飽きしている。

「お姉さんは良いよ……外に出れるから」
「小笠原くんもこれから出られるようになるわよ!頑張ってお姉さんと一緒にリハビリ頑張ろう」
「うん……」

 だが、リハビリも心の持ち様だ。今の毅にリハビリは何の意味もない。貴美子は看護師として毅の状態が分かっていた。
 だからこそ言葉ではなく、行動で示してあげなければならないと思った。
 しばらくして毅の元に貴美子が再び訪れた。

 手にはある薬を持って。

「小笠原くん。入るわよ」

 カーテンを開ける貴美子。毅はベッドから起き上がって葉っぱ一枚をただ見つめていた。

 ――目の前で葉っぱが落ちて宙に舞った。

「小笠原くん!私を見て――」

 毅の顔を無理やり向けた貴美子は一つの薬を見せつけた。

「お薬の時間です」
「……薬なら飲みました」
「違います。今から渡す薬は、あなたのリハビリを兼ねての薬です」

 毅は貴美子が見せる液状の薬を目に映した。

「『飲み薬』よ」

 毅は普段飲み薬も飲んでいる。今更もう一つ薬を増やすと言うのか。気分が重くなる。

「良く聞いて、小笠原くん。この薬を飲めばきっとあなたは歩くことが出来るようになるわ。いいえ、それ以外にもやりたいことが出来るようになる。でも良く聞いて。何があっても必ず八時間以内に此処に帰ってきて」

 歩けない身体が歩けるようになったらとても凄い効果だと言うことが分かる。でも、八時間以内に帰ってくると言うのはどういうことか?筋力増強剤(ドーピング)みたいなものだろうか?副作用が後に身体を襲うのだろうか。それはそれで怖い。

「違うわ。『飲み薬』はね、人に憑依できるの」

      お姉さんと約束

 貴美子が説明する。

「小笠原くんは『飲み薬』を飲むことで意識と身体を引き離すことが出来るわ。その間、身体は此処にあるし、あなたは意識だけの状態になるの。そうなると別の身体に移ることができるわ。当然、他人からしてみればあなたの意識が入ってくるから苦しがると思うけど、あなたが身体を動かしたいって強い意思を持っていればきっと負けることはないわ。相手の意識を抑え込めば身体の所有権はあなたに移るはずよ。――わかるかしら?あなたが他人の身体を自由に動かすことが出来るのよ」

 初めて聞く憑依という言葉。そして、貴美子が言う説明に毅は付いていけていない。分かることは、相手に乗り移れる。身体を奪えるくらいだ。

「えっ、でも、それって、迷惑な話ですよね?」
「ええ。とっても迷惑。私に憑依したら真っ先に殺しに行くぐらい迷惑な話よ」

 貴美子が毅を睨みつける。その怖さに背筋が震える。貴美子さんに乗り移るという考えはよした方がいいと毅は本能的に悟った。

「でも、それほど外に歩きたいと望むなら、小笠原くんにだけこっそり用意した完成品。どうする?飲む?飲まない?」
「……もし、八時間以内に帰ってこれなかったら?」
「身体が持たないで心臓停止よ。一度止まった心臓は動かすことはできない。それだけは心に留めといて」

 凄い効き目には危険が伴うということか。貴美子から手渡された飲み薬としばらく睨み合いが続いた。

「…………わかりました」

 そして、毅は決断する。続きを読む

 木枯らしが吹くこの頃。秋が終わり冬の到来が近づいているのをガラス越しで眺める。一枚だけ残った葉っぱは、寒さに耐えて必死に生き残っていた。

「この葉っぱが散った時、僕の生命も終わるんだ」
「…………ただの擦り傷でしょ?」

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 感慨にふけっている剛史を一掃する看護師の貴美子。
 確かに僕の傷は自転車で35km出した状態で溝にはまって転んでコンクリートに擦ったものだ。

「でも、痛かったんだ!自転車も壊れて心も痛いんだ」
「そう叫べるだけ命に別状なし。また新しい自転車お母さんに買ってもらおう」

 うう、大人の対応にぐうの音も出せない。そもそも薬をもらいに来ただけなのに雰囲気を出そうとしている僕の方が無理をしているのかもしれない。

「はい、これ『塗り薬』よ。私たちが開発した薬の自信作よ?」

 薬に自信作も失敗作もあるのだろうか?
 お客に出すのなら普通でいいのに、「普通」で――

「ありがとうございます」
「痛いの痛いの飛んで蹴ってって唱えると早く治るのよ?」
「…………それ、最後間違ってますよね?」
「ああ、そうね。――痛いの痛いの飛んで蹴って千切って投げて消えて滅却してええええ!!!」
「なんで熱血系に行くんですか!?っていうか省略してたんですか!!?」

 貴美子さんからもらった『塗り薬』を傷口に塗る。貴美子さんが楽しく言ってくれたが、心の中で俺は小さく呪文を唱えていた。

「(痛いの痛いの飛んでけ)」

 …………

「……あれ?」

 先程までの全身の痛みが嘘のように消えていく。塗ってすぐに傷口に瘡蓋ができ、痛みはなくなった。身体を曲げても支障はなかった。

「すごい効き目。自信作ですね」
「ええ。自信作だから」

 貴美子さんはまるで自分のことの様に微笑んでいた。僕も同じ顔で貴美子さんにありがとうと言った。
 病院を後にした僕は家路に帰る。また明日から何気ない日常が始まる。月曜日が始まる。
 うわああ……だるい……

 手には『塗り薬』を握りしめている。残った分を何に使えばいいのか分からずに仕方なく持って帰っていた。続きを読む

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