今日も電車は動き続ける。
 満員電車で息苦しい中を、乗客は黙って目的地まで向かっていく。

 静かに人混みの中をすり抜け、ただ一人でもの静かにしている女子大生。今日はこの娘にしよう。
 気づかれないよう、怪しまれないようにして、女子大生に向かって魔の手をさしのばす。

 ――パシッ

「――っ!!?」

 松葉杖をついて必死に伸ばした少年の手が、私の手をつかんでいた。びっくりして振り向くと、私よりも全然小さな男の子が現場を取り押さえていた。
 少年が首を振る。私が何をしようとしているのか、まるで知っていたように――

「駄目だよ、姉さん……絶対に、ダメだ……」

 私にだけ聞こえるように小声でつぶやく。少年は目に涙をためていた。

「――そんなことしても、絶対、自由になんてなれないよ」
「っ!!」

 息をのんだ。どうしてこの少年は泣いてくれているのか、分かった気がした。
 ――私のために、泣いてくれているんだ。

「うん…うん……もう、やめる…………あああ……」

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 私は誰かに止めてほしかったんだ。
 痴漢は犯罪だって、言ってほしかった。
 悪いことを誰も言ってくれない。みんなが私を無視する。自由だけど、淋しかったんだ。誰とも関わりを持てないのが、怖かったんだ。

「ありがとう……あり、が……」

 少年にすがりついて泣いている。人目を気にすることもない私だけど、怪我人の少年はそんな私をやさしく受け止めてくれた。

「この時間に毎日乗っているって教えてくれたのはお姉さんの方だよ。また会えて嬉しかった……こんなことよりももっと楽しいものがあるんだって、教えてあげる。世界はもっと歓喜で覆われているから」
 
 電車が止まる。ドアが開いて駅のホームから人が乗ってくる。私は少年に引きずられて電車から降りていた。

「この駅にはミラクルランドっていう遊園地があるんだ。一緒に行こう」
「…………うん!」

 少年にすすめられて駅から降りた。初めて乗り越し運賃代を支払った私だった。

 fin


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