「ごめんなさい」

 その日、沖田魁人-おきたかいと-は玉砕した。


 うちの学校は学業よりも部活動に力を入れていた。
 空調の無い体育館は異様な熱気に包まれており、熱中症にならないようペットボトルが置かれているなか、男子バスケ部は毎日厳しい練習が行われていた。
 女子バスケ部が今年全国大会出場を果たしたせいか、男子バスケ部も女子に舐められるわけにはいかないと先輩たちの練習にも、今まで以上に熱が入っていた。男の意地とばかりに、かなりきつい練習を無理強いし、苛立ちを隠せない先輩たちの暴言、可愛がり、扱きがエスカレートして後輩たちを苦しめていった。
 次第にバスケを純粋に楽しめなくなっていく部員たちは苦痛を感じるようになっていた。
 しかし、部活をやる以上レギュラーを勝ち取り、成績も上を目指したい。かなりハードな練習を必死に耐えた者だけが最後の勝利者になることが出来るのが体育会系の鉄則である。


 俺、沖田魁人も男子バスケ部に入部し、部員と共にボールのパス回しから先輩の使い走りまで行っていた。
 不満だらけの部活動だったが、俺には目標とする人物がいたので今までの練習に耐えて頑張っていけた。

 梶浦礼乃—かじうらあやの—という後輩のチアリーディング部に所属している子の存在だ。
 いつも俺が気付くと「頑張って」と声援を送ってくれている。年下でありながら必死に応援する彼女を見つけると本当に元気をもらえるようだった。
 それはまるで以心伝心。失われた体力をすべて出し尽して、残り1mmまでなくなったはずの力が、彼女の声に俺は答えるように元気を取り戻していく。潜在能力を自ら開花して限界のその先へと到達する。ランナーズハイのような陶酔感や恍惚感に襲われるのが心地よかった。
 そして、夏のインターハイが終わり先輩たちが卒業したのを見送った後に始まるバスケ部レギュラー争奪戦で並み居る部員たちを圧倒して、俺はレギュラーの座をつかむことが出来たのだ。この戦いでレギュラーの座に選ばれることは、冬の選抜でレギュラーが確定するからだ。

 夢だった目標に届いたことで喜びを爆発した。それと同時に俺はこのまま礼乃のもとへと駆け出していた。
 決めていたことだった。レギュラーになることが出来れば、――俺は礼乃に告白することを。
 礼乃を体育館裏に呼び出して、勢いのまま告白した。きっと俺の告白に礼乃も応じてくれると信じて確信していた――。


 冒頭に戻る。すべては勘違いだった。

「えっと・・・よくわからないけど・・・ごめんなさい!」

 俺が必死に訴えれば訴えるほど、礼乃も頭を下げ続けた。礼乃は別に特定の人に応援していたわけではなくチーム全体を応援していたと、一切の思惑はなかったと弁解しているだけだった。

「おま・・・おまえ・・・俺のこと好きだったろう!色目向けてたじゃねえか!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 そんな言い訳で目先で色気をちらつかせていながら、俺の勘違いだったと恥をかかせた礼乃を許すことが出来なかった。
 どんなに辛く苦しい部活の練習よりも、礼乃に嘘をつかれたことの方が辛かった。
 俺の心がズタボロに切り刻まれたように、礼乃の身体もズタボロに使われてほしい。
 彼女の応援なんて二度と要らないのだから、ボロ雑巾のように捨ててやる――俺はそんなことを思いながら『飲み薬』を手に取った。


『飲み薬』を飲むと、身体から幽体だけが抜き出ると説明書に記載されていた。
 現に『飲み薬』を飲み干した途端、猛烈な眠気に襲われ意識を失った自分と、机に突っ伏して眠っている身体を見ている幽体となった自分がいたのである。
 これが説明書に記載されていた幽体だけが抜き出るということだろう。
 身体は意識ごと抜き取られて眠っているようだが、幽体になった俺の意識ははっきりしている。身体の重さも感じないし、常に浮いているように地に足が付いていない感覚だった。飛んでみようとイメージすると、天井をすり抜けて屋上までをすり抜けてしまった。
 まるで空を飛んでいるかのように自由になった幽体にイメージを任せ、目標にしていた梶浦礼乃のもとへと飛んでいったのだった。


 今は放課後。帰宅する生徒がいる中で部活動のある生徒はもちろん部活に精を出しているので、まだ礼乃は校庭にいるはずだ。
 外で発声練習とダンスの振り付けに勤しんでいるチア部の中に礼乃は混ざっていた。

「いたっ!礼乃だ!」

 早速見つけた俺は礼乃の背後にまわり、おもむろに身体を重ねていった。
 礼乃はみんなと混ざって振り付けをしていたが、俺が体内に入りだすとビクンと震わせて目を見開いた。俺はそのままスーッと彼女の身体に溶け込んでいった。

「あ、あぁぁ・・・」

 ほかの部員も礼乃が失敗したことに気付いていたが、振り付けは続いていたので気にする素振りを見せなかった。礼乃から力が抜け転びそうになったが、踏み止まって身体を起こすことが出来た。幽体の俺が誰かの身体を借りたことで重さを感じるようになるも、普段よりは全然身軽になった印象だった。

「礼乃。大丈夫?」

 曲が終わった後で俺の元へ駆け寄ってくる部員もいたが、「うん。全然大丈夫よ」と軽く挨拶してあしらった。しばらく周りに目を配ったが、部員たちは特に気にすることなく再び練習に戻っていった。

「礼乃か・・・くくく・・・」

 礼乃の変化に全然気付いていない様子に、俺は誰にも悟られないようにニンマリと笑った。

「憑依は成功だ。俺は礼乃になったんだ!」

 下に目を向けると、チア部のユニフォームに包まれた二つのふくらみが見え、その向こうには紫色のスカートを纏い、綺麗な2本の太腿が下りていた。
 首を振るたびに後ろに束ねたポニーテールが頬を揺れる。毛先の細い礼乃のポニーテールを掴んで人知れずにおいを嗅いでいた。汗とシャンプーの匂いが嗅覚を刺激する。
 普段より匂いが敏感に感じ取れるほど繊細なのだと礼乃の身体を堪能する。

「うふっ・・・私は礼乃よ。あはぁん♪」

 礼乃の口で喋っていることに感動を覚えてしまう。『飲み薬』で幽体離脱しただけじゃなく、礼乃の身体を乗っ取り、憑依してしまった。
 それだけじゃない、梶浦礼乃の意識だけが俺の意識に変わり、その他の情報や知識はそのまま俺が引き継げるようだ。
 つまり、俺が礼乃の身体を使いこなすことが出来るってことだ。
 普段礼乃がやっているようにチア部に混ざって振り付けをこなし、部員たちと混ざって会話に華を咲かすことも出来る。昨日の出来事もまるで自分のことのように思い出せる。自分が梶浦礼乃だったと受け入れてしまうくらい当たり前のことのようだった。
 しかし、改めて俺は沖田魁人であり、礼乃の身体に憑依した経緯を思い出す。俺の告白を振った礼乃に対する復讐であり、恥をかかせるために憑依したのだ。
 幸い礼乃は二年生でチア部を牽引する立場だ。練習内容を変えることも容易に出来る立場にあった。

「ねえ、鈴子。今日は一部練習内容を変更しない?」

      チアコス夏ver.

 休憩に入ったなか、小鳥遊鈴子-たかなしすずこ-に声をかけて相談に持ち込む。

「別にいいけど、なにするのよ?」
「それはね・・・」


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