男女含めたバスケ部練習試合。武井真彦―たけいまさひこ―率いる男子バスケ部も善戦していた。
 女子バスケ部の人気が著しく目立つようになってから男子バスケ部の存在は日に日に希薄になっていた。
 最近では、マスコミが取材に来る日には男子バスケ部のコートまで奪いにやってくるほどだ(実際は先生達から交渉されている)。日和見主義でインターハイ出場したこともない男子バスケ部に拒否権はないが、部活に燃えている男子高生としてはいい気持ちのするものでは決してなかった。

「ちぃっ。最近になって目立つようになりやがって・・・」

 力でも身長差でも決して男子は女子に引けを取らない。

「それでも、俺は・・・・・・」

 もし違うのであればそれは技術と運動量だ。もしの試合で負けるようなことがあれば、男子の女子バスケ部に対するコンプレックスは今以上のものになってしまう。

「負けるわけにはいかねえんだよぉぉぉ!!!」
「――っ!?」

 男にはどうしても負けられない戦いがある――真彦が櫻井日向子‐さくらいひなこ‐のパスコースを読みインターセプトし、ドリブルで特攻してそのままレイアップシュートを決める。即効でカウンターを決めて点差を放す真彦に、敵とはいえ気迫のこもったプレイに東雲椿―しののめつばき―は真彦を称えていた。

「やるじゃないか。思わず見惚れちゃったよ」

 時間差も迫り、女子バスケ部も一つの決断を下すことにした。頷き合った選手たちが、まさしく最終兵器を投入するようにベンチに座る一人の選手に合図を送っていた。
 その選手は黙って合図を受け取ると、席を立ちあがり試合用フォームへと着替えていった。今着ているものを外すと、体育館にズドンという鉄筋が落ちる音が響いたのだった。

「ここから・・・くるゾ」
「ヤツが・・・投入される・・・・・・」

 ズドン。
 ズドン。
 バキン。

 まるで彼女の着ていたものすべてが拘束具だったかのように、脱いでいく度にあり得ない音が聞こえてくる。彼女の着ている衣服は軽くなかったのだ。自ら枷を付けて耐え忍んでいたのだ。座っている時でさえ苦しかったはずの彼女は、表情を崩さず涼しい顔をしていた。そして、すべての拘束具が外され、試合用フォームになった彼女は、枷が外れたことと選手として呼ばれたことに狂喜の笑みを浮かべているのだった。

「か、かか、かかかか・・・・・・」

 あまりの希薄に男子バスケ部の1人が急に歯ぎしりが止まらなくなっていた。

「選手交代です。百鬼桃‐なきりもも‐です」

 その名を告げられ、彼女はコートの中に入っていく。準備体操もなく、静かにコートに立つ彼女は戦闘モードを起動した様に表情を氷解し、心を稼働させていく。

「さあ、はじめましょうか」

      どこかで見た展開(目逸らし)

「ふんっ!」と、戦闘民族ばりの気合を入り方に彼女の後ろにはまるでオーラが見えるようだ。最強のPGの登場に男子バスケ部全員の背筋を凍らせた。先ほどまでイけるのではないかという期待すら凍らせる冷酷なまでの冷静さを兼ね揃えた精神と、磨き上げられ、不要なものを全て削ったフォルム、そして、隙あらばどこでも正確なパスを繰り出す心理戦と、自らも3Pを打つことが出来る技術。
 ただ二酸化炭素を吐き出して赤い炎を燃やす男子のバスケではない、燃える炎に酸素の量を調節して青い炎を揺らす女子バスケ部の頂点。
 たった一人、彼女の登場により、他の選手がのびのびと試合をするようになり、正確なパスに日向子たちの動きが良くなり、シュートが落ちる気がしなくなる。

 シュパ――
 シュパ――
 シュパ――――

 見ている方が男子バスケに「もういい、彼女を引き釣り出しただけでもよくなった」と労いの言葉をかけたくなるほど、点数は急激に放されていった。

「こいつはとんでもねえ化物だぜ・・・」
「俺たちは出る漫画を間違えちまったようだ・・・」

 一対三で囲い込もうとも、桃の手からボールが放れない、まるで地面についている前にボールが手に吸い付こうとしているくらい一定のリズムを刻み、ペースを取り乱すことなく急発進と急停止をして男子の身体のバランスを崩す。
 解れた所を小さい身体が縫うように通り抜けていく。そして空中に階段を作るかのように宙を昇っていき、ゴールまで届いて自らダンクシュートを叩きこんでいった。

「なんであの小ささで跳躍力があるんだよ!」
「なんだよ、あの格好・・・おかしくねえか・・・ぐはぁ!」

 一人、また一人と桃のバスケセンスに絶望していく。心を殺し、戦意を喪失させてなお襲い掛かる桃に対して、誰も勝てないと思い始める――。

「まだだ!!!」

 しかし、真彦は最後まであきらめなかった。
 この試合が負けることになることが決まろうとしていている中、それでも真彦のみが男子バスケの勝利を信じて猛追していく。

「もう無理だ!」
「お前だって限界じゃねえか!」

 仲間が叫ぶ、しかし――

「いけえぇぇ!!」
「武井!!」

 真彦の一撃を信じて男子は心を一つに叫ぶ。

「すごいね。時間も点差も限界過ぎているのにまだ諦めないなんて――」

 椿が真彦の雄姿を称え、構える。

「限界なんて決めんじゃねえ!壁が何度でも立ちはだかるなら、俺はいくらでも、越えてやるぅぅぅ!!!」

 ハーフコートに入った場所から真彦は跳ぶ。
 ダンクにしてはその跳躍はあまりに早い。ゴールに届くことはない――それよりも椿は真彦の、男子の跳躍力の高さに驚いていた。今日一番の高さだ。
 飛んでもボールには届かないことは跳ばなくても分かっていた。
 この瞬間、真彦は天と一つになる――。

「うおおおおおおお!!!」

 絶対に入ると確信していた。天に誰も届きはしない。
 ゴールまで距離があろうが、放り込めば邪魔は入らないところまでやってきた。
 鋭角45度からのスマッシュシュート!
 しかし、地上では鬼神の如く桃が瞬時に謀略をめぐらしていた。

「椿」

 椿に向かって突進してくる桃に対し、阿吽の呼吸で空気を読んだ椿。

「オッケー!」

 すかさず、バレーのように手を組み、桃の足を載せて――そのまま振り上げたのだ。ボレーしたボールが宙を舞うように、椿に舞い上げられた桃の身体は、誰にも届くはずのなかった天をつかんだ。

「なっ!!?」

 絶対的な確信を持った状態から伸びる桃の手がシュート精度を下げていく。手から放れたボールは豪速球となって一直線にゴールリングに届く。そして、真彦は現実を知る――
 ガコン――と、ボールはリングに当たった勢いを殺せず、輪から外れて地面に落ちていった。

「限界を超えても、気合だけでは勝てない」

 先に地面に落ちていく桃。その身体を椿が抱きかかえる。

「そんなことって!!くっそおおおおお!!!」

 対して桃の執念によって一撃すら入らなかった真彦は地面に叩きつけられ、完膚なきまでの敗北を喫したのだった。


 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 試合後、真彦は年甲斐もなく泣き出していた。女子バスケ部に敗北けたことで心を病んでしまったかのように、大粒の涙を零しながら、親友の花野翔―はなのかける―の胸の中で泣きついていた。

「なんなんだよ・・・なんでなんだよぉ~!!!」
「勝つこともあれば負けることもあるって。仕方ないだろ?これは勝負だろ?」

「分かってる!」と、真彦も勝負だから勝つか負けるかしかないことくらいわかっている。だけど、と真彦はつぶやく。

「最後に勝たないと・・・面白くないだろうが!!!」

 勝つからスポーツは楽しいのであり、負けたら面白くなんかないことを誰よりも知っている。勝利のために身体を鍛え、鍛錬を積んで技術を習得する。センスも、背丈も、運も、恵まれた才能すら全てひっくるめて勝負だ。
 だからこそ理不尽で、だからこそ不条理のスポーツの世界。他の世界と何が違うというのか。
 綺麗事で生きられやしない。汚いことに目を瞑らなければ生きていけやしない。厳しい世界でもある。
 その中で真彦という男は生粋な熱血漢であり、まじめに取り組む姿勢が評価されて今までスポーツをやってきたようなものだ。勿論センスはある。しかし、それ以上に理不尽なことが起きると対応できずに苦しんでしまう。今回、百鬼桃との死闘によってはじめて苦汁を飲まされているのである。誰よりも多く、敗北を味わされている。ひょっとしたら、バスケで生きてきた彼だからこそ、バスケを辞めてしまうほどに衝撃的な試合だった。
 理不尽で耐えられない事実――低身長で女性の百鬼桃に対する敗北―コンプレックス―を植え付けられて――、どうやってこれから立ち直ればいいのだろうか。

「仕方ないな。真彦にこれやるよ」

 そう、翔が真彦に渡してきたのは、小瓶に入った栄養補給のドリンクだった。

「・・・・・・リボ(ルビング)D?」
「『飲み薬』だ」
「そのまんまのネーミングだな・・・」
「でも、リボDより効くかもよ?」

 この世界では疲労した身体を回復させる循環させるという意味の栄養補給『リボルビングD』が一般的だが、翔の話す『飲み薬』の効用を聞いた真彦は、当初半信半疑の様子を見せていたのだった。

「本当かよ。ウソくせぇな」
「俺に騙されたと思ってやるだけやってみろって。このまま敗北けっぱなしっていうのもやりきれないだろう?」

 翔があまりに本気で誘っているので、真彦は言葉を閉ざしてしまった。
『飲み薬』を黙ってしまい翔の話に頷いて、言われた計画を早速実行に移すのだった。



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