「ただいま」

 学校が終わり、家に飛んで帰ってきた加藤夏葉‐かとうなつは‐の顔には、大粒の汗が大量に滲み出ていた。季節は次第に夏になりつつあり、冬の寒さを忘れて気温25度を超える日が多くなってきていた。
 汗をぬぐい、顔を洗い、鞄を置いて、なにか冷たい物でも飲みに取りに行こうとした。

「ふぅ~。今日も暑かった。・・・・・・あれ?」

 鞄を置きに部屋に戻ると、なんと自分の机に一杯の水がコップに注がれているではないか。
 氷がちょうどいい具合に溶けており、まるで「お疲れさま」と言わんばかりのタイミングで水は夏葉に飲んでほしそうに水滴をガラスの淵に付けていた。

「お母さんかな?ここにおいてくれたの・・・・・・でも、いいや」

 夏葉には特に疑うこともせず、コップを持ち、乾いた喉を潤すように水を流し込んでいった。
 喉を鳴らして美味しそうに一気に水を飲み干していった。

「ぷはぁ~!夏はこれだね、おかあさん!」

 お父さんの真似をしながら美味しそうに一息ついた夏葉であったが、途端に体調を悪そうにお腹を押さえ始めたのだ。
 お腹が鳴りはじめ、気分良くしていた表情が曇り、トイレに向かって歩き出す。
 千鳥足でゆっくり歩く。そうしないと、落ちてきてしまいそうだったからだ。

「(なにそれ・・・普段となにかが違うんだけど・・・・・・)」

 込み上げてくるのはトイレで行うソレに近いモノ。だけど今までと違い、抜けたらまずいと本能的に警告を鳴らしている。
 額に滲む汗が冷汗に変わっていた。しかし、それが分かっていても夏葉にはどうすることもできなかった。
 トイレに籠る頃には気分が悪くなり、表情が青くなっていた。気分の悪さを解消するために不快感と戦うことを諦め、もう出してもいいかなという気持ちがお尻の穴を開かせる。
 それは、トイレに座り込んだときに感じる独特の居心地の良さも相まって、すぐのことだった。

「も、もぅ・・・だめ・・・・・・でちゃう・・・・・・んんっ」

 夏葉が堪えてきたものが外に出始める。お尻の穴を盛り上げて、にゅっと顔を出したソレはまるでスライム状の透明な物体だった。夏葉の腸の形状を刻み、抜け落ちていくソレは、長く途切れることなく夏葉の身体から抜け落ちていく。
 水たまりに落ちていく物体が全て抜け落ちると、その物体も夏葉も気を失ったように見動き一つしな
かった。
 そして、そんなタイミングを見計らったように、トイレに侵入してくる男の影があった。

「夏葉ちゃん。ぐふふ・・・僕からのプレゼント受け取ってくれたんだなぁ」

 この男、飯山義広‐いいやまよしひろ‐は夏葉の家族でもない。立派な不法侵入を企てた夏葉のストーカーなのである。義広こそ夏葉の部屋に『下剤』入りの水を置いた張本人である。そして、その『下剤』入りによって夏葉は苦しみ、気を失っていたのだ。義広が用意した『下剤』は、精神が飛び出してくる代物なのである。つまり、水たまりに落ちる謎のスライム状の物体こそ、夏葉の精神なのである。夏葉が気を失っているのはなく、夏葉の身体に精神が抜け落ちているので、眠っている状態なのである。

「うーん。これが夏葉ちゃんの魂なんだなぁ。これぐらい大きいと抜ける時も疲れちゃうよね。今すぐ戻してあげるからね。ぐふふ・・・」

 夏葉の精神の塊を持ち上げた義広。大事に扱うようにそれを掬いあげて救出し、夏葉に返すのかと思うとそうではない。義広は夏葉の塊にぐっと力を加えると、簡単に千切れて一欠片に分けることができた。そしてそれをあろうことか自分の口の中に放り込んでしまったのだ。

「んにゃんにゃ・・・・・・なかなか甘い噛み応えがあるんだなぁ・・・・・・くちゃくちゃ・・・・・・」

 まるでスポンジケーキを食べているような濃厚な味わいが口に広がり、満足いくまで噛み砕いたのち、喉に落とした。「うっ・・・」と、小さく声をあげて一瞬吐き気を覚えた義広であったが、なんとか堪えて吐き気を逆に飲みこんでいった。
 すると吐き気は無くなり、身体も正常な状態に戻った。義広は口元を釣り上げてニヤリと笑い、太っ腹を擦りながら目の前で眠っている夏葉に囁いた。

「さあ、感動の御対面なんだなぁ」

 そう言うと、義広は一瞬目を閉じた。次の瞬間、義広の様子が変わった。

「・・・・・・えっ・・・私がいる・・・・・・」

 義広が食べた夏葉の精神が目を覚まし、未だ気を失っている夏葉を見て言葉を失っていた。自分を見ている夏葉は驚き、動揺する。そして、自分の身にいったい何が起こったのかを戸惑いの中で理解しようとしていた。
 しかし、その目は夏葉の身体から目を逸らすことはしなかった。・・・いや、させなかった。

「なんで・・・・・・?身体が・・・動かない・・・・・・」
「駄目なんだなぁ、夏葉ちゃん。ちゃんとじっくり見てないとだなぁ」
「だ、ダレっ!?」

 まるで一人二役で口を忙しなく開ける義広だが、義広が主導権を握ると、夏葉は自分の意識が奥に追いやられていくのを感じた。

「きみの魂はほんの一部だから、そこまで僕に影響を及ぼさないよ。そういう風に調整して食べちゃったからね。ぐふふ・・・」
「(食べたってなに?私の魂って・・・・・・?)」

 恐ろしいワードを並べて喋る義広に言葉を震わせる夏葉。自分の意識が彼に捕らわれてしまっているという想定は奇しくも当たっており、夏葉は彼が見ている視界を共有し、否が応でも自分の身体を見続けなければならなかった。

「さて、魂を失った夏葉ちゃんの身体が目の前にあって、そして左手に僕の魂がありまして――」

 義広の手には、夏葉の魂と同じ透明のスライム状の物体が握られていた。夏葉よりも太く短いが、夏葉と同じ物体に間違いなかった。

「これをきみに食べさせると、どうなるかなぁ~」
「(ちょっと・・・待って・・・やめてよっ!そんなの、いやよ!いやあぁぁ!!)」

 夏葉の目の前で、義広は夏葉の口に物体を近づけていく。すると、もともと魂からなる物体だからなのか、夏葉は共鳴するように口を開けて飲みこみ、喉に落としていったのである。太い物体が夏葉の口一杯に入り、そのまま喉に滑り落ちていく。食事だったら噛み切らないと絶対に喉に通らないだろうが、その物質は柔らかく喉の器官に入る際には形を変えて夏葉の身体に入っていき、すぐに全部消えていった。

「(あ・・・あ・・・・・・)」

 夏葉は義広の魂が自分の身体に入ったことを目の当たりにした。そして、変かはすぐに訪れた。
 夏葉の目の前で、夏葉の身体がビクンと震えて目を開け始めたのだ。
 意識を取り戻し、ゆっくりと顔をあげる夏葉。そして、目の前にいる義広の顔を見ると、不敵に口元を釣り上げたのだ。

「ぐふふ・・・できた。成功したんだ!夏葉ちゃんの身体を、ゲットしたんだなぁ!」

 夏葉の身体は義広に奪われたのだ。その光景に目の前が真っ暗になる夏葉。涙を流したくても義広に主導権を奪われた状態では涙も流せなかった。

「うはぁ。ちっちゃいな、このカラダ・・・・・・でもぉ~その方が将来的には楽しめるかなぁって・・・」
「やったんだなぁ。もう一人の僕。これで僕もお役御免なんだな。最後の始末を付けてくれよ」
「おっ、そうだな」
「(こ、こんどはなにをするの・・・・・・)」

 夏葉(義広)は右手に残る夏美の魂を奪い取り、そして、義広が開いた大きな口にソレを押し込んでいった。義広と夏葉の連携によって、苦労せず夏葉の魂は義広の中に入っていった。

「う・・・・・・くるし・・・・・・っ!声が出る・・・・・・これって・・・・・・!」

 すべてを飲み干し、未だにお腹に貯まる苦しさに呻いた夏葉の声が今度ははっきりと聞こえるようになった。それだけじゃなく、身体も自由に使えるようになっていた。義広の身体に義広の魂よりも夏美の魂の方が上回ったということ――つまりそれは、夏葉が義広の身体の主導権を取ったということだ。

「おめでとう、おじさん。この身体はおじさんのものだよ」

 夏葉が義広にかける言葉に、逆に悲しくなった。
 二人の魂が入れ替わったことを実感してしまったからだ。

「私の身体返してよ!」
「イヤだよ。この身体はもう僕のモノなんだなぁ。ずっとずっと欲しかった、夏葉ちゃんの身体を手放すわけがないんだよなぁ~」
「そんなぁ・・・酷いよ!最低だよ!」

 メソメソと大声で泣き喚く男の声に、小さい子供が高笑いしていた。
 そして、不幸は重なるように連結するのか、最悪のタイミングで母親が返ってきたのだ。

「きゃっ!な、夏葉っ!」
「お、お母さん!」

 義広(夏葉)が叫び手を伸ばすも、夏葉(義広)が駆け寄り母親の胸に抱き付いた。母親は夏葉(義広)に抱き付き、義広(夏葉)に鬼の形相を見せていた。

「助けて、お母さん。あの人、私のストーカーだよ!」
「ち、ちがう!お母さん!私が夏葉だよ!あいつ、偽物なんだよ!」
「なにを言ってるの。夏葉にこれ以上近づかないで!」
「おかあさん!!おかあさぁ~ん!!うわあああぁぁぁあああ―――――んっ!!!」

 そう言いながら、母親は警察に電話をかけると、パトカーのサイレンは現場に飛んでやってきた。
 義広(夏葉)はあっという間に御用となり、不法侵入、少女に精神的苦痛を与えた脅迫、ストーカー行為を働いた男は現行犯逮捕となった。


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