綾波遥―あやなみはるか―、という人物はまだ生まれてもいない。
 これは過去の話。概念となった怪盗ツインテールは、一人過去に飛ぶことが出来る。
時を懸ける怪盗少女―Crime and Punishment―』によって、遥はグノー商品を回収して回る。

「いたぞ!屋根の上だ!」
「絶対にお宝を阻止するんだ!」

 警察の罵声はどの時代、どの地域に行っても同じである。

「もう、こりない奴らね!」

 既にツインテールは人間の跳躍力ではない高さで屋根から屋根へと飛び移ることが出来る。重力の影響を受けず、車と同じスピードで駆け抜けることが出来るツインテールはパトカーの包囲網を飛び越えて標的の屋敷の中へと侵入していった。

「なんだと・・・!中にはいっただと!?急いで追いかけるんだ!」

 警備隊も監視隊も総動員で屋敷の中に入っていった。しかし、ツインテールの居場所はすぐには見つけられない。それくらいお屋敷の部屋数は多かった。

「くそぉ。ツインテールめぇ、どこいったああああ!!」

 警察官の既に敗北にも聞こえる声が廊下に響き渡った。



 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 一方その頃、ツインテールは主と対峙していた。月明かりの中で薄暗い部屋で一人の老人が突如闇から現れた来客に驚かされていた。

「あんたは?」
「怪盗です」

 ツインテールは言った。

「ほぉ。それは御苦労さまじゃった。しかし、決して誉められるものではない職じゃの」

 余裕をみせているのか、それともとぼけているのか定かではない。しかし、老人は確かに持っているのだ。ツインテールのお目当てのものを。

「あなた。『グレイヴ』ってご存知ですよね?」
「『グレイヴ』?」

 疑問符をつけてはいるが、老人の身が強張ったのがわかった。老人は知っているのだ。

「はてさて、たーんと覚えがない――」
「しらばっくれないでください。私をここに呼んだのはあなたが『グレイウ』を所有しているからです。『グレイヴ』がなくならないとある企業が潰れないんです。いったい、誰にもらったんです?」
「・・・・・・・・・グレイヴ・・・『これ』をくれたのは、まだ二十歳そこらの女性じゃった・・・」

 そういって主が取り出したのは、小瓶にたっぷり注がれた『飲み薬』だった。遥は気が抜けない。一層警戒心を強めたが、老人はなおも淡々と昔話を始める。そこには敵意はない。気を抜いて話し相手になってほしいとさえ思えた。

「先が短いのならせめて残りの生涯の一つでも楽しんでと、まるで私のことを全て知っているかのような女性じゃった。その通り。私はこの先長くない。末期の癌というやつじゃ。助からない」
「――――」
「でも、この瓶を使うことはやめにして、残り短い生涯でも懸命に生きようとしてきた。孫もいない、莫大な資金と広大な土地、屋敷しか残らなかったがの。それでも後悔はしないと誓ったんじゃ・・・」

 金に生きた男の人生。『ソレ』だけに固まった人生だ。
 概念となった遥なら分かる。一つだけに固執した生き方なんて苦痛でしかない。後悔しないはずがない。
 でも、自分が選択した道を歩いているのであれば、反省はしても後悔なんてしてはいけない。
 遥も自分で選んだ道だから怪盗をしているのだから。そう老人に伝えようとした時だった。

「じゃがのぅ!怪盗さんが来てくれたおかげで決心がついたよ。私の本当の願い。本当に叶えたかった夢。それが、――これじゃ!!」
「――お爺さん!?」

 老人が一瞬の隙をついて『飲み薬』を飲み干した。
 あっという間に小瓶の中身は空っぽになり、同時に老人の身体がゆらりと地面に崩れ落ちた。
 ツインテールが駆けつけると老人は息をしていなかったのだ。

「そんな・・・。また失敗しちゃったの?次はどこに飛べばいいのよ!?ああん、『飲み薬』の効果ってどんなだっけ?彼方ぁ~!」

 予習していない性格が裏目に出た。

 ――ドンッ、とツインテール心臓が急に高鳴った。

「あ……!」

 目が見開く。急に背中が誰かに圧し掛かけられたように重くなり、呼吸をするのが苦しくなった。意識が失いそうになるのをぐっと堪えて、なんとか保とうと歯を食いしばる。膝をついて床に手を付いたツインテールだが、ある境を過ぎるとようやくその苦しみから解放された。

「・・・・・・・」

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 助かった、と。ツインテールは安堵した。しかし、その時になってようやく気付いたのだ。

(声が出ない!)

 心の中で驚きを示したが、声が出にないだけじゃなく、表情も顔に現れなかった。四つん這いになった姿勢のまま硬直したツインテールは、いったい自分の身になにが起こったのか分からなかった。

 と、その時。自分の身体が自分の意志と反して急に起き上がったのだ。

(えっ?ええっ!?)

 周りを見回したくても顔が動かない。自分の手袋をはめた手を眺めているだけのツインテールに、ようやく違った表情が浮かび上がってきた。

「どうやら成功のようじゃ」

 遥でさえも出したことのないほど紳士的な声だった。低いながらも抑揚のない落ちつきのある人物を遥は思い描く。

(お爺ちゃん!?)

「はい。ここの主、草間雄一郎―そうまゆういちろう―です。肉体は滅びましたが、魂は『飲み薬』を使ってぎりぎりで幽体離脱したようじゃ。そのまま御前さんに乗り移ったと言う事じゃ」

 グレイヴ『飲み薬』は憑依を可能にする。普段はそのまま相手の思考さえも押し込めてしまうが、今回は雄一郎の精体の弱さと遥の意志の強さが相まって中途半端な憑依になったようだ。
 しかし、遥はテレパシーのようで騒いでいるだけであり、身体の主導権は雄一郎が握っていた。

(ははは、早く私の身体から出ていきなさいよ!)
「はて、耳が聞こえないのぅ」
(こういうときだけ年寄りのふりしないで!)

 肉体では遥の耳だ。聞こえないはずがないのである。つまり雄一郎は無視を決め込んだのである。

「ほっ!」

 なにを思ったか、ツインテール(雄一郎)は突如大ジャンプをし、天井窓から屋根へと飛び出したのである。

「かるい・・・かるいのぅ・・・。さすが若い女子の身体だ。ここなら誰にも邪魔されないだろう」

 そう言って天井でジャンプしているツインテールだ。存在感は思いの外大きかった。瓦の音が響いたことに雄一郎は慌てて止めると、急に静かになる様に身体を小さくして天井瓦に尻餅をついた。

「おまえさん、怪盗と言えるほどの筋肉は付いてるがどこか人間離れしているじゃないか。本当に人間か?」

 人間ならば5mも跳躍は出来ないだろう。

(知らない!私は人間よ!)
「ふむ。それも後で知ることにしよう。・・・それよりも今は新しく手に入れた身体でも調べることにしようかの」
(触らないで、きゃああああ!!!)

 そう言うなり、両方の手のひらが勝手に動いたかと思うと、遥の乳房を鷲づかみにしてきた。

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