純粋とは矛盾色-Necronomicon rule book-

夢と希望をお届けする『エムシー販売店』経営者が描く腐敗の物語。 皆さまの秘めた『グレイヴ』が目覚めますことを心待ちにしております。

カテゴリ:グノーグレイヴ『常識改変』 > 柔軟剤『ナノ・スライム』

 『ナノ・スライム』によって、城戸香里、早織姉妹の二人と昼食を共にする増沢豊に、周りが見る視線はたまらなかった。
 嫉妬や憤慨。城戸姉妹と一緒に昼食出来ることに対する男子生徒の羨ましさがヒシヒシと感じることができたのだ。

「むふぅ。中身はともかく、外観だけは香里さんは綺麗だからね。それに比べると早織さんは完璧だぁね」
「なにを独り言つぶやいてるのよ、気持ち悪い」
「はい、増沢さん。一口どうぞ。あーん」
「むあーん!」

 早織からもらうたこさんウインナーを頬張る豊に男性たちの怒りゲージがあがっていく。今日も暑い日が続いていた。

「(さすが、『ナノ・スライム』なんだなぁ。こうしていることがまるで普通のように見えてしまうから面白いんだな)」

 男性たちが嫉妬するように、豊はイケメンではない。キモヲタであり、外観は肉の塊そのものだ。醜悪が滲みでて、匂いさえ腐っているほどの憎悪に誰も近寄らなかった。しかし、『ナノ・スライム』を手に入れてからは女性に気にすることなく近づき、好き放題できるよう洗脳するので、まさに土足で玄関をあがるくらい朝飯前になっていた。
 自分が変わるのではなく、他人を変えさせる不定形の魔道具。豊かの発するオーラは邪悪そのものになっていた。

「どお、早織さん。僕と食事するの楽しい?」

 そう問いかけると、

「はい、楽しいです。増沢さんは作ったお弁当全部たべてくれるから見ていて気持ちいいです」

 汚物の豊が弁当箱を綺麗にするというジョーク。空っぽになった弁当箱は綺麗に舐めとられており、豊の唾液塗れになっていた。
 それを見ながら香里の表情はどこか固まっているように見えた。

「どうしたの、お姉ちゃん?」
「・・・ううん。なにか、違和感があって。なんで私、増沢くんなんかと食事しているのかなって・・・」

 香里が抱く小さな疑問は確かな形として見え始めていた。お弁当まで用意していた香里がいつの間にか弁当をやめてパンのみを買うだけになった。それは明らかに豊に対する拒絶である。本人ですら気づいていない小さな抵抗でありながら、香里が作っていたお弁当を食べたかった豊にとって、それは大きな打撃を意味していた。

「ぷぷぅ?僕と食事することになにか疑問があるのかなかな?」
「だって、普段喋らなかったクラスメイトといきなり昼食なんて・・・それに、なにか、忘れている気がするのよ・・・なにか、大切なこと・・・」
「お姉ちゃん?」

 なるほど、『ナノ・スライム』の浸食は早織の方が早いと見える。遅くしている要因は香里が過ごしてきた日常生活による記憶。普段、豊に抱いていた気持ち悪さや憎悪が、簡単には拭えない。豊が作り出した偽りの昼食時間を拒み始めようとしている香里に、更なる対策を施さなければ後々支障をきたすのは必然だ。

「(ナノ・スライムで人格を変えることも出来るんだけど・・・うぷぷ。でも、せっかくなら一時的に元に戻してこの状況を見てもらった方がより面白くなりそうだぁね)」

 『ナノ・スライム』による拘束を解放し、香里を一時的に元に戻す。「あっ」と小さな驚きを見せた香里が、次の瞬間、大きな悲鳴をあげたのだった。

「増沢・・・あんた、なんでここに居るのよ!?」
「んふぅ?二人が僕を呼んだんじゃない?」
「ウソよ!あんたと一緒に食事するわけないじゃない!」
「ううん、お姉ちゃん。 私が呼んだじゃない。豊さんにお弁当食べさせたいって、意気込んで作っちゃったお弁当、こんなに綺麗に食べてくれたじゃない」
「ひいぃぃぃ!!!?す、捨てて、そんなお弁当箱!もうどこにも使えないじゃない!」
「ひどい、お姉ちゃん・・・なんでいきなりそんなこと言い出すのよ・・・」

 香里の記憶と早織の記憶が混雑して姉妹喧嘩に発展しそうな勢いである。 その張本人である豊はニヤニヤ笑っているだけでその様子を傍観していることに心地よさを覚えていた。

「あんたのせいでしょ・・・早織に何をしたのよ!」

 香里もなんとなく原因が分かっている。たとえ喧嘩しようと、妹の変化にいち早く気づくことが出来た香里は、早織を守るために豊を目の敵にした。当然だ。居てはおかしい人物が同じビニールシートの上で居座っているのだから、豊が早織をそそのかしたと考えて間違いないのだ。

「ぷぷぷ・・・妹ちゃんには僕好みの理想の彼女に洗脳させてもらったよ。だから、妹ちゃんは僕が死ねって言ったら死ぬかもしれないね」
「は・・・・・はぁ!!?」

 洗脳だの、死だの・・・。香里にとって非日常的な言葉が飛び交い反感を買う。なにも関係のない早織に洗脳を施す、そんな道徳も常識もないクラスメイトが身近にいたというだけで恐怖した。

「ふざけないで!早織を元に戻しなさいよ!さもないと、あんたを絶対に許さない!」
「威勢だけはいいね。妹を守りたい姉御肌なんて美しきかな?」
「バカにしてるの?こんなことを言われてタダで済むと思わないで。あんたを学校にこれなくしてやるんだから」
「どうやるのかな?」

 妹に元に戻したいと、正義感ぶる香里に対してニンマリ笑いながら挑発する。香里は豊に殴る覚悟で襲い掛かった。



 
続きを読む

 城戸香里―きどかおり―は神保市立向陽陣大高校の生徒であり、昼休みになると付属中学校に通う妹の早織―さおり―がやってきて二人で昼食を食べるのが日課である。飲み物を買った香里が中庭に向かうと、既に早織はビニールシートに座ってお弁当を広げていたのだった。

「お姉ちゃんも飲む?」
「なにを?」
「水素水」

 水道水でも十分美味しい地区に住んでいる香里がコンビニで水を買ったことはない。巷で噂になっている水素水の話も耳には入っているが、自分で買おうという気はしない。

「・・・効果あるの?」
「普通の水より美味しく感じるよ?芸能人が薦めるだけあると思うよ」
「それ、洗脳されてるだけだから」
「そうかな?・・・グビ・・クピ」

 妹が意識他界系だったとは知らずに疲れが出る。でも、中学生の妹にとっては今が一番意識高いのかもしれない。なんでもやりたい年頃だし、中学時代なんて怖いもの知らずだ。
 美味しく飲めるのなら水素水も一度くらい手を出したってかまわないのではないだろうか。

「ん・・・?」

 そんなことを考えながら団欒を過ごしていると、一人の男性が二人の元にやってきた。香里と同じクラスの増沢豊―ますざわゆたか―だった。

「うわっ、なんで来るの?」

 香里は豊の顔を見て怪訝な表情を浮かべた。見ての通りのキモヲタであり、クラスで一番浮いている存在だったのだ。そんな豊が城戸姉妹に近づくのだから何の用事とばかりに、ビニールシートに座りながら態度で豊をけん制していた。

「ぼ、ぼくも一緒にご飯食べたいんだな、ふひぃ」

 ふひぃってなんだ?そんな緊張していたのか、呼吸を荒くいう豊に対して香里は――

「却下。別の場所でご飯食べて。息はいただけで口臭がたまらないわ」
「いいじゃない、お姉ちゃん。お姉ちゃんのクラスの人でしょう?可哀想だよ」
「なにも知らない早織は黙ってて」
「見た目はともかく、いい人そうじゃない。はい、あーん」

      10d31c32.jpg

  卵焼きを差し出してくる早織に今にも喰らいつきそうになっている豊を見てすぐさま香里は箸を下げてしまった。

「変なことしないで。その箸買い直さないといけなくなるでしょう?」
「そんなに嫌わなくても・・・泣きそうになってるよ?」

 豊のブサイクな顔がさらにくしゃくしゃになってしまっている。そんなに悲しいことだったのだろうか。
 しかし、豊も表情を一変させて、二人にある物を差し入れした。

「水素水」
「わあ」
「あんたも意識たかっ」
「あげる。特別。むふぅん」

 むふぅんってなんだろう。しかし、ただに弱い姉妹は遠慮なくそれを貰う。水素水に初めて挑戦する香里は二本目となる早織と一緒に口をつける。

 クピン・・・
 美味しい。
 でも、名前は変わっても、水素水とはアルカリイオン水。
 別段、特別の飲み物とは到底思えなかった。

「はい、御馳走さま・・・・・・ん、なに?」

 一口つけただけの香里にその良さは分からなかった。しかし、突如、その気配は訪れた。
 喉から粘りつく気持ち悪さと、体内に浸食されていく悪寒。
 水分が奪われて身体の中から干からびて声も出ず、身体も動かなくなっていく感じがした。

「お・・ねえ、ちゃ・・・くるしい・・・」
「さおり・・・増沢ぁ!私たちに何をしたぁ!」
「デュフフ・・。もう君たちはぼくの操り人形なんだな、ぬぅん。『ナノ・スライム』がきみたちの脳に到達するまでの辛抱なんだなぁ!」
「『ナノ・スライム』・・・?こわい、おねえちゃん」
「ゴホッ!ゴホッ!だめ、意識がだんだん遠のく・・・」 

      a2219a8c.jpg

 楽しみの昼食から一転、苦悶の表情を浮かべていた姉妹が、ぷつりと糸が切れたように食事を中断して表情を虚ろにした。意識をなくした二人に豊は満面の笑みを浮かべていた。

「・・・城戸早織の脳を掌握しました。これより命令入力モードに入ります。なんなりとお申し付けください」
「・・・城戸香里の脳を掌握しました。これより命令入力モードに入ります。なんなりとお申し付けください」

 虚ろな二人が抑揚のない機械音声のような発音で機械的な動作を指示していた。『ナノ・スライム』によって一時的に脳を洗脳された二人はマスターである増沢豊の声によってのみ書き換えられることが可能である。

「むっはぁ!二人はぼくの言うことに従うこと。一切疑問をもたない」
「僕の匂い、体臭、 脇汗、精液に興奮してしまう。そして、僕の身体から排出されたものすべてが美味しいと感じてしまう」
「僕とセックスして精液を体内に挿入されると、僕なしには生きていけなくなってしまうほどに狂おしく愛してしまう」
 
『了解しました』 

 二人の声が重なり、命令入力モードが終わる。豊はどこからか、ファンファーレが聞こえたように気分がハイになってしまっていた。


 
続きを読む

↑このページのトップヘ