純粋とは矛盾色-Necronomicon rule book-

夢と希望をお届けする『エムシー販売店』経営者が描く腐敗の物語。 皆さまの秘めた『グレイヴ』が目覚めますことを心待ちにしております。

カテゴリ:グノーグレイヴ『肉体操作』 > 人形『呪いを祝う藁人形』

ここから先は供に祝うことを拒んだものに送る物語。

「 『呪い』をシメす編 」

 本当の『呪い』を見せることになるのだが、ここから先は物語を受け入れる覚悟のある方だけお読みください。
 

 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 
「ぅぅ・・・」

 基久(さつき)は泣いた。状況に涙した。それは、決して身体が入れ替わったことで自分の身体が不安だからという理由で泣いているのではない。
 さつきの身体は部屋にある。親友の麻衣子の魂が入っていることも知っている。基久、麻衣子以上に心身ともに安全が保障されている状況に自分が不安を抱えたら麻衣子に失礼だと思ったからだ。
 だから、この涙は別の理由。人間の力では決して抗う事が出来ない、本当の呪いに苛まれたのだ。

「誰か助けて・・・」


 ――この経緯は5分前。身体が入れ替わった時に麻衣子が基久から聞いたさつきの状況を聞いて飛んできたところから始まる。基久と身体が入れ替わりさつきの魂は基久と入れ替わっていることを聞いたさつき(麻衣子)は基久の家にあがりこんできたのだ。自分の身体が駆け戻ってきたことで困惑した基久(さつき)は、岳志でも基久でもない、麻衣子の魂が入ったことを聞いてさらに困惑した。
 『呪い』の被害が拡大したのである。

「麻衣子にまで迷惑かけて・・・わたし・・・」

 麻衣子は岳志の話ではまったく関係なかった人物だ。さつきと付き合った彼氏、基久とは違い、麻衣子はさつきの親友だ。恨みを持たれるような人物ではないのである。一体なぜ麻衣子が『呪い』を受けたのかは分からない。
 可能性があるとすればただ一つ――さつきと親友だから。という理由しかないのである。だからさつきは麻衣子に謝る。
 親友という関係を築いてきたことを謝るしかないのである。
「ごめんなさい」と、何度も謝り続けるさつき。
 対して麻衣子にとって基久は自分の身体を入れ替えた張本人。さつきと分かっていてもその人物に頭を下げられることが苦痛でしかない。
 親友の彼氏であっても麻衣子にとっては他人。いや、それ以下の扱いでしか見られなくなっていた。
 救われたことは、もしここで基久(さつき)が「岳志くんが・・・」と言い訳をしなかったことだ。岳志の存在を知らされていない麻衣子にとって、もしさつきが他人のせいにすることがあったとしたら、麻衣子はたとえさつきと分かっていてもさつきを許さなくなっていただろう。
 そうなれば親友の関係は修復出来ないものになっていたことだろう。

「もういやぁ。私の身体はどうなっちゃったの?なんでわたしがこんな目に合わなくちゃいけないの?」
「泣かないで、麻衣子。きっと元に戻るから」

 さつきの声で泣きじゃくるさつき(麻衣子)。なだめる基久(さつき)を見れば彼氏彼女の姿に見える。
 しかし、さつき(麻衣子)は基久(さつき)を睨みつける。その冷たさに基久(麻衣子)は背筋を震わせた。

「あんたの彼氏のせいでしょう!?絶対許せないんだから!」

 怒りを露わにするさつき(麻衣子)。当然だ。麻衣子は人を怨む理由が十分あるのだから。

「違うの。私には分かるの」
「どうしてそんなことが言えるのよ!」

 基久(さつき)に詰め寄るさつき(麻衣子)。基久(さつき)は言う。


「・・・信じてるから」


 ――そんな短い台詞を。

「彼女だから!?ふざけないでよ、さつき!」

 ドンッと基久の身体をさつき(麻衣子)はベッドから突き落とした。 ベッドは低いとはいえ、背中から落ちた衝撃で基久(さつき)は一回咳をついた。

「自分は彼氏の中に入って、身体は目の前にあって一安心できるんでしょうね!あんたの身体なんて、今のわたしなら身売りだってできるんだからね!あんただけ安心な場所にいるなんて思わないでよ!」

 制服をはだけ、肌を見せるさつき(麻衣子)。親友の麻衣子が自分の身体を乱暴に扱っていることを見ると悲しくなるのと同時に――親友でいたことすら怪しく思えてしまう。本当は表面だけ合わせて裏ではお互い意見が合わなかったのかもしれない。バトル〇ワイヤルではお互いで助けようと約束をしながらもいつ裏切って殺すタイミングをはかっているのかもしれない。さつきが今すぐ「絶交」と口にすれば麻衣子はおそらく乗ってくるだろう。

 ――そんな思考を巡らす基久(さつき)自身が悲しくなった。

「・・・わたしは、麻衣子がそんなことしないって信じてる」

 弱弱しい声。既に泣き声で語りかける基久(さつき)に、さつき(麻衣子)は攻撃の手を休めない。

「女の声なら誰か助けてくれるかもしれないけど、男の声で泣かれてもキショイだけよ!人はいざとなれば親友だって裏切れるのよ!わたしがあんたを裏切らないと本当に思ってるの?優しい言葉をかけて自分が安心したいだけなんじゃないの!?――信じてるとか簡単に言わないでよ!!」

 疑心暗鬼――。さつき(麻衣子)の言葉が胸に突き刺さる。
 安い言葉。いったい誰が言葉に救われるのだろうか。
 身体が入れ替わってしまった現状に、麻衣子の不安を拭いされやしない。
 だからさつきには麻衣子の言うとおり、涙をグッとこらえるしかない。泣き声を漏らさず、口をへの字に噛み締めることしか出来なかった。
 それでも、流れ溢れてくる涙は止めることが出来ず、基久の頬を流れ落ちていった。
 その涙の重さが麻衣子にも痛いほど分かっている。許すことはできないけど、共有することはできるからだ。

「・・・呪いを信じろなんて、酷なこと言わないでよ」

 一言だけ漏らしたさつき(麻衣子)の悲痛な訴え。しかし、さつきは麻衣子に応えることが出来なかった。
 欲しいのは人が安心できる言葉だ。口約束でも、軽はずみでもなく、……『神』の言葉だ。
 
「どうすればいいのよ。人の言葉を信じてくれないなら、麻衣子はどうしたら信じてくれるの?」

(ねえ、お願い。神さま・・・)

 巫女であるはずのさつきが、心から神頼みを始めたのだ。

(『呪い』が存在するなら、神さまだって存在するよね?だったらわたし達の前に現れてくれたっていいよね?・・・贅沢かな?でも、もうそれしか方法がないの。呪いを解くことが出来るのは、神さまだけだから。もし、神さまがわたし達を見ていてくれているなら――――)

 震える手を重ねて、目を閉じる基久(さつき)。


「誰か助けて……」


 ・・・・・・・・・・・・・・。


「救ってやろうぞ」


「えっ?」
「余の願い、確かに聞き入れた。主らを絶望の淵から救ってやる」

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 目を開けると、知らない少女が目の前に立っていた。扉から入ってきたのか、窓から入ってきたのか分からない。しかし、さつき(麻衣子)は少女を見て言葉を漏らし、私は涙で潤んだ瞳で少女を凝視することしか出来なかった。
 突如現れた背中に翼の生えた少女の登場に思考も雰囲気も動作も全てが停止していた。
 異空間、違和感とは別の緊張感が込み上げてくる。私は震える声で少女に聞いた。

「あなたは?」
「童に名前などない。それが自然のカタチだ」
「自然のカタチ?」

 自然のカタチとは一体なんなのだろう。駄目だ、まだ思考が停止している。しかし、私の発言で少女がさつき(麻衣子)に振り向いた。さつき(麻衣子)は小さく悲鳴を上げた。しかし、そんなさつき(麻衣子)を気にすることなく、少女は勝ち誇ったように微笑んだ。

「其の方よ、『呪い』とはただの言葉だ。囚われるでない。汝を救おうとしている彼の方の言葉を素直に受け入れるがいい。さすれば関係は自然に戻る」

 自信たっぷりに話す少女。しかし、それが出来れば人は苦労せずに生きられるのだ。

「そんなの――」

 さつき(麻衣子)が目を背ける。言葉をこれ以上発しないのが答えであると私には受け取れた。しかし、少女はさつき(麻衣子)の答えを目を輝かして待っていた。だからわたしが変わりに言った。

「届くわけないよ。わたし達は『呪い』で身体が入れ替わっているのに・・・信じられるわけないよ」

 少女が私に振り向いた。驚くような表情を見せたとおもったら急にケラケラと笑いだした。少女の登場は空気を
一気に変えてしまった。絶望の中で笑みが見れた私の心が、少女に救いを求めているのだと分かった。
 袋小路に捕らわれ、下ばかり見ているわたし達を見下す少女。顔を上げることが出来ただけでも、心境の変化があったということ。
 上を見れば、必ず光は照らしてくれる。

「呪いが先行しておるから囚われるのだ。よく聞け、汝ら。『人が言葉を紡ぐ』か、『呪いをかける』かならどちらが先に来るか考えてみるがいい」

『人が言葉を紡ぐ』と『呪いをかける』。

 その違いがいったいなんなのかわたしには判らなかった。さつき(麻衣子)も同じように目を丸くしてたので、顔を見合わせて二人で考え込んだ。はっきりした答えが私の中では出てこない。ただ、

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 少女が言葉遊びを始めた、そんな気がした。

(あっ、私、考えてる――)

 ようやく思考が動いたんだと、一人微笑んでしまった。先に根をあげたのはさつき(麻衣子)だった。

「どういうこと?」

 少女はわたし達に目を配りながら、それこそ本当に『勝った』という心の声を聞かせていた。

「『信じる』も『呪う』も人の言葉なしには口ずさめん。――信じることを先行せよ。さすれば呪いは自然と解ける」
 
 喜びの浮かれた声ではなく、少女はあくまで自然を装ってわたし達に答えを示した。
 笹林神社。どこにでもあるような小さな社に神さまなんて存在しているのかと言えば私にも分からない。
 お爺ちゃんに聞いた話によれば、わたし達は元から神社ではなかったのだと言う。
 鎮守の森の一つとして数えられた笹林があり、そこに社を建てたのが家代の始まりだと聞いた。『杜―モリ―』が先にあり、後から『社―ヤシロ―』が生まれた。
 可笑しな話ではあるが、わたしの家が現代に残るのは、きっと我が家の語呂が良かったからだろう。
『笹―ささ―』と『林―はやし―』と『神社―もり―』があるのだから。
 そこにはきっと神さまが居座っているに違いない。鎮守の森の神代、『神奈備」が存在することを信じて――

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 少女に連れられて私は石階段をのぼる。何処に行くのか知らされていなかったし、何度問いかけても少女は私の問いに応えてくれなかった為、少女の後を突いていくしかなかったのだ。話しかけながら辿り着いた先は、なんと自分の家だった。
 少女は笹林神社が私の家だと知っていたのか、それともただの偶然なのか分からない。
 風が吹いて笹の葉が靡く。
 全ての始まり。大木に釘を打たれた『藁人形』が私の前に突きつけられていた。

「・・・ウソ」

 私は唖然とした。だって、あそこにいるのは――『藁人形』の下で倒れているのは、紛れもない私―笹林さつき―だった。
 意識を失ったままの私。竹箒と供にこてんと青空を向いて気持ちよさそうに眠っている。起きる様子は全くなさそうだった。

「そんなのおかしいよ・・・この私はダレ?麻衣子は?麻衣子!?」

 さつきの姿をした麻衣子を必死になって探す。一緒に歩いていたはずのさつきが何処かに行ってしまったのだ。
 思い出したくない事実が浮かび上がってくるのを必死に抑え込もうとしているのに、塞ぐことが出来ずに焦っているみたいだ。麻衣子の存在、基久の存在、そして、嫌悪していた岳志ですら私は声を大にして呼び掛けていた。

「ねえ、誰か!?誰か来てよ!私の前に顔を見せてよ!!」

 しかし、一向に現れてきてくれない。

「ねえ!――――っ!?」

 ハッと気が付いた時には既に『呪い』は解かれていた。私の声は、私の姿は、基久のものではなくなっていた。

 声も、姿も、私はいつの間にかさつきに戻っていた。

 喜ばしい出来事のはずが、今の私は素直に喜べなかった。感動できなかった。
 魔法の時間が過ぎたように虚しく、『呪い』にかかっていた時間が色褪せていく。
 私の視界に見えるのは、黒い翼の生えた少女だけだった。悪魔のように少女は頬笑み私に現実を突きつけた。
「藁人形を見つけた瞬間から、お主の中で悲劇のヒロイン像が完成しておったのだ。後はまるで映画の如くじゃ。閲覧者はお主の望んだ悲劇の結末をただじっと眺めることしか出来ない。 ――口で叫ぶことも、――目を背けることも、――手を貸すことも立ち去ることもできず、お主の悲鳴を耳で聞いているのみ。
――最悪のバッドエンドじゃ。浮かばれぬものよ。お主も、ここに関わったすべてのものも」

 私の作りだした商品が『呪い』そのものだと少女は言う。
 私を軸にしたブラックコメディ。そんな作品では吊れもしない。ほんとに、藁えない。
 
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「そんなはず、ないじゃない。私がそんな結末望むわけない・・・」

 誰もがハッピーエンドを望むにきまってる。せめて、作品の中だけでも幸せをみせたいじゃない。

 ――息苦しい世の中。救いを差し伸ばしたくても救えるのは自分だけだと殻に閉じこもってしまう。
 ――「信じて」という言葉は偽善扱い。信仰心を怖がり神さまを拒絶する。

 そう思っているのは私だけだと、勝手に勘違いして――
 ハッピーエンドを、バッドエンドに塗り変えてしまった。

「っ!やめて!!」

 頭が痛い。私はいつから誰も信じられなくなったの……?

「現実を拒み、夢を持たず、仮想を滅ぼし、お主はなにを信じて生きている?」

 無神論者もまた信仰の一つなのに――

「なにも信じてない。ただ生きているだけ」

 そんな生き方が格好良いんだって、特別視していた――。
 夢を見なくなったわけじゃなく、夢を見られなくなっただけ。
 神さまはいると言っても現実味がなくて笑いものにされてしまう。
 わたしの家で奉られている神さまはそんな、一人ぼっちの神さまだ。

『・・・巫女が神さまを一人ぼっちにしちゃだめだよね』

 信じていなくてもいい。人にはそれぞれの考えがある。救いを求める人にいつでも手が差し出せるように、私は神社を綺麗にする義務がある。日課である。
 ――神さまなんかより偉いんだって、勘違いをしていた……。

「そこにちょっとした刺激が欲しかったと。……なるほどな。まさしく『藁人形』はお主そのものであったか、カカカ」

「今晩のおかず―お供え物―は決まったか?」と、少女は私を見下ろした。私は膝をついて動けなくなってしまった。
 涙が溢れて止まらない。――呪いそのものを作っていたのは私自身だった。
 絶望し、闇に染まり、現実を馬鹿にしていた。

「信じてたの。・・・大人になれば、楽しいことが待ってるんだって。私、知らなかった。大人になれば辛くなるって。泣きたいことばかりだって知らなかったの!」
 
 小学生から中学生に、高校生から大学、社会人へ。
 大人の階段を上れば上るほど、どうして現実はつまらなくなるのか不思議でしかたなかった。
 いつか楽しくなる時がきっと来ると信じていた私に、現実は生き辛さだけを突きつけてくる。

 何時の間にか死ぬことが楽に思えるような現実を夢見て、生きているのに死んだような現実を過ごしていた。

 アイドルを目指すような理想を抱かず、お嫁さんになって子供を持ちたいという気持ちも湧かない。
 基久くんと付き合っているのに、どこか浮遊している私の気持ちに、基久くんはいつか必ず気付く。別れと言う経験が当然待っていることに怯え、基久くんを必死に好きなろうと努力する私がいる事実と、気疲れする自分がいることに気付く。
 基久くんの親友の、岳志くんみたいに、意識することなく誰とでも話すことが出来たらどれほど楽だろう。
 将来的にも、男性は好きに生きることが出来る。女性のように子供について考えることが軽減されるから。
 女性の不安は未来永劫尽きることがない。楽になれる時間など一秒もない。

「いっそ、男性のように好きに生きることが出来ればいいのに」

 そんな、男性に対してかけた呪いの言葉を吐き捨てる。私は、男性が羨ましくて仕方なかったのだ。
 だから最後に、男性に対しての侮蔑の言葉をかけた。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「それでもお主は生きなければならぬ。生き続けるのだ――」


 少女の言葉は、私の『呪い』の言葉を相殺する。
 死者の恨みが呪いならば、死者を蘇らせればいい。私が生きていることを少女は蘇らせる。


「前を向いて進め。さすれば道は開かれる」


 まっすぐ少女を見る私の瞳に、さらに前を見ろと語りかける。
 自信たっぷりの少女の青い瞳。その強気な物言いに私はまた笑ってしまった。
 現実味のない根拠なのに自信満々な態度が滑稽。まるで子供のように純粋で、現実離れするくらい無邪気で、


 そんな少女の言葉を鵜呑みにしたくなるくらい、私の心が少女にしがみ付いていた。


 少女の胸の中で泣いている私。
 親にも泣き顔を見せたことのない私が、誰かも分からない少女の胸を借りて泣いていた。
 疑うことに疲れ、考えることを止め、信じることを忘れた私のボロボロの心が、物凄く痛いと語りかけてくる。
 少女の言葉がただ一つの回復薬。私の心を癒してくれるものだった。

「信じていいの?あなたの言葉?」
「気休め程度に心に留めておけ。お主が思い出したいときに童の言葉を思い出すが良い」

 「お主に預ける」なんて、自分の意見を他人に任せるなんて、人間と変わらないじゃない。

「自分勝手なのね。本当にヒドイ――」
「当然じゃ。童は――」


 ――一瞬で視界が眩い閃光に遮られる。全ての景色が白に染まる。


「あっ」

 少女の身体も一瞬で白の絵の具に染まる。私の姿もまた白く染められる。

「全てが元に戻るんじゃ。お主も自分の御霊が身体に戻る」

 御霊が入れば私は現実に戻ってこれる。辛い現実でも戦う勇気を少女はくれた。でも、それと引き換えに少女の姿が一層白色に染められる。
 『藁人形』に触れたときのように、光が溢れだしているように見えた。

「それじゃあ、あなたが――!!」
「いいのじゃ。童の姿など人間に見えない方がいい。それが自然じゃ」

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 「覚悟していたことだ」と少女は言った。
 見えるけど見えないもの。それこそ少女の正体であり、自然そのものだった。

「っ!そんなの、イヤ!」

 私は子供のようにダダをこねる。少女の手をつかもうと必死に手を伸ばして、抗っても、既に少女の手をつかむことは許されなかった。

「私を救ってくれたのに、せっかく会えたのに!」
「無駄じゃ。自然の力に敵いやしない。童も汝もじゃ」

 触れもしない、見えもない。少女がいたという証明など何もない。少女の姿が見えていたのは、私一人だけだったのだから。
 でも、そんな少女に私は救われた。だからこそ、私は少女に恩返しがしたかった。
 現実と夢の区別は人は証明なしで説明できるんだから。

「私、信じてる。あなたが現世に留まるって信じてる!信じることの大切さを教えてくれた。だから、それを形にして送りたい!」

 ――私が思い描く夢こそ現実になる!辛い現実から今こそ目を覚めよう!

「そうか――――」

 少女は最後に驚いた表情を浮かべたものの、消える最後の一秒まで、わたしから目を背けることをしなかった。


 ありがとう。


 笑顔で呟いた少女を光りのベールに隠し、私は意識を失った。


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   しばらく動きが固まる米澤先生。ピクリと痙攣していた指が動いて『藁人形』を机の上に置くと、静かに立ち上がって職員室の扉を閉めた。
 一つしかない扉を閉めて鍵までかける音が聞こえると、俺は振りかえって先生の表情をうかがった。
 今まで先生が浮かべたことのない笑みを浮かべていた。

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「せんせい?」
「ありがとう、基久くん。言いつけ通りに動いてくれたんだね」

 先生、いや、やはり米澤先生には岳志の魂が入りこんだのだろう。口調も今までとは違い、落ちつきのある大人の声ではなく、何処か浮かれた妖しい声に変わっていた。

「ああん、先生の身体、素敵すぎるよ。こんな大胆な身体していてどうして冷静にいることが出来るの?きっと多くの人と付き合ってきたんじゃないかなぁ?」

 自らの身体を抱きしめるようにはしゃぐ弥生(岳志)。胸が寄って大きな谷間がくっきりと視界に入ってきた。本当に大きな胸だ。

「はぁ。先生の身体、味わいたかったんだ。大人になったらさぞ気持ち良いんだろうな」

 そう言いながら先生の服を脱ぎ棄てていく。先生の裸体を見たかったのは俺も一緒で、どうしても視線を外すことが出来なかった。こんな機会は二度とお目にかかれないだろう。そんな俺の視線に気づいたのか、弥生(岳志)も俺に視線を向けると細く睨みつけた。

「なんだよ?おまえもやっぱり興味があるのか?まぁ、男性だったら先生の身体に魅了されるよな?麻衣子みたいな貧相な身体なんかよりもさつきみたいな明るい雰囲気よりも、米澤先生のような魅惑的な誘いにのっちまうは当然だよな、アハハ・・・」

 「好きなだけ見せてやるよ」と、弥生(岳志)はブラを外して上半身裸になった。勢いよく飛びでる豊満なバスト。垂れ落ちそうなバストも持ち上げてみるとぷよぷよと柔らかそうに手の上で踊る。黒のストッキング姿に白い髪の毛、そして豊満なバストは雰囲気だけでもイヤらしさを持ち合わせていた。

「はぁん、先生のおっぱい柔らけえ。重さもすごくて前かがみになっちまうぜ。牛見たいに見えるか?」

 わざと床に両手両足を突いて四つん這いになる。髪の毛が肌にかかり床に靡く。そして乳房も重力に逆らわず大きく垂れた。「もぅ~」と牛の泣き声のように叫ぶが、先生の身体に牛のような太さはないのでまったく牛には見えない。むしろ、先生が四つん這いしているというポーズが興奮させた。

「やめろよ、先生の格好で。ここ、職員室だろう?誰かきたらどうするんだよ?」
「そうだな、だったら早く終わらせようぜ。おまえも早く脱げよ」
「えっ・・・?」
「興奮してるんだろ?俺にはわかるぜ?おま〇こ疼いて仕方ないんだろう?」

 バッと俺はスカートを抑える。顔を真っ赤にして反抗しようとするが、今まで我慢していたものが解き放たれたことの解放感で、下半身が緩くなってしまったのかもしれない。
 気付けばショーツが濡れていることにこの時気付いた。

「おまえ、今まで麻衣子の身体だったろ?今までと違う自分の身体に違和感持たなかったのかよ?俺の眼にはバッチリ映ってたぜ?おまえが机に座りながら麻衣子の身体をまさぐっていたことを」
「うそ?」

 身体が痒い。ムズムズする。

「ハァっ!」

 一回、重いため息を吐く。
 足がおぼつかない。ふらふらする。

「難しく考えてたようだけど、その都度身体を触って甘い声を響かせていたけど気付かなかったのかよ?おまえも今や乳首勃起してるほど感じてるんじゃないのか?俺から解放されたことでようやく素直に感じることが出来るようになったんだろ?」
「やっ、やめろ!」
「やめてほしいのか?もう素直になっていいんだぜ?おまえも制服を脱いで感じちゃえよ」

 弥生(岳志)が俺の顔を覗きこむと、ブレザーやスカートを脱がし取る。麻衣子の身体は弥生(岳志)の言うとおりに今まで一度も触っていないとは思えないほど感じていた。

「あっ、きゃあ――!」
「その声もまさに女の子だな、基久。いいよ、すごく可愛いよ、今のおまえは」

 振り切る手を抑えられてしまい、そして勃起した麻衣子の乳首を弥生(岳志)は口に含んだ。

「ふぅんっ!」

 乳首を吸われるなんて初めての経験だ。舌で舐められながらチューチューと吸われると、奥にある欲が吸われて込み上がってくるのが良く分かった。

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「ちゅばちゅば。あふぅ・・・んふふ、身体の奥から溢れてくる蜜が、我慢できずに下の口から流れ落ちてきてる。麻衣子の身体って本当に感じやすいんだな」
「やめ、て・・・これいじょうは、あっ!」
「おま〇こぐちょぐちょにしておきながらここで終わりにしていいのか?大丈夫。一回逝ったくらいで死にゃしないから」
「そうじゃなくて――ひゃああ!!」

 自分でいじるより誰かにいじられた方が感じ方が大分違う。トイレの時は比べ物にならないくらいの快感が押し寄せる。岳志の方が女性をいじるのが慣れているのだろうか、それとも、めちゃくちゃにしてやるくらい女性に対して非情なほど扱いが雑なのか。それでも麻衣子は感じているのだ。

「ああ、もう、むりぃ。なにも、かんがえ、られない……」
「ほら、逝けよ。先生の前で逝っちゃえよ」
「いくぅ・・・あっ、ああ!イクウウウウウウウ―――――!!!!!」

 ナニも考えられない、考えることに疲れた。
 楽になってしまえばいい。
 快楽に堕ちてしまった。

 そして、俺は考えることをやめた。

「あ・・あぅ・・・あはっ・・・」

 一度逝ってしまえば同じこと。二度目もすぐに訪れる。

「もっと、もっとイきたい。じょせいの、かいかん、すきぃ…」

 麻衣子の壊れ具合に弥生(岳志)がニヤリと微笑んだ。

「その前に今度は俺を逝かせてくれよ。先生の身体で逝ったらどれくらいまで気持ち良くなるのか、味あわせてくれよ」

 先生が態度を変えるように俺を受け入れようとしてくれた。大きく突き出たバストに向けて俺は口を大きく開けた。
  麻衣子(基久)と弥生(岳志)が職員室で過ごしていると、授業を知らせるチャイムが鳴った。
 弥生(岳志)は立ち上がると、先生の身なりを整え始めた。
 黒のワイシャツを翻し上着を羽織りボタンを締めると普段教壇の上に立つ先生と同じ身なりになった。しかし、ブラジャーを付けていないせいか、ワイシャツの上からでも零れ堕ちそうな乳房が上着できつく締めあげた為に前に溢れていた。乳首の場所までワイシャツの上からでも分かるくらいだ。
 普段浮かべない先生の表情と相まって妖しく映る。

「な、なにをするつもりだ?」

 愚問とばかりに麻衣子(基久)を見下す弥生(岳志)。

「なに言ってるんだ?授業の開始時間だろ?当然、授業を受け持ってるんだから理科室に行かなくちゃいけないな」

 そんな格好で授業を弥生の代わりに受け持とうとする岳志。しかし、一人の生徒である岳志にそんな芸当できるはずがない。

「おまえっ!授業なんか教えられる出来る訳ないだろう!?」

 弥生の知識や記憶が読み取れるなら話は別だろうが、そんなこと出来るわけがない。岳志も嘲笑った。

「当然。でもな、教えてやることなんていくらでもあるんだぜ?」

 そう言いながら、弥生の身体を一度ぎゅっと抱きしめる。弥生の大きな胸が中央に押し寄せられ、たぷたぷと揺れながら、さらに力を加えるとぎゅっと潰された。麻衣子(基久)は喉が渇く衝動と供に込み上げてくる戦慄を感じた。弥生(岳志)が目を細めた。

「そうだな、先生の身体でも生徒たちに教えてやるかな」
「ふざけるな!おまえの憧れの先生は、そんなものなのかよ!」

 麻衣子(基久)が叫ぶ。
 かつて岳志の憧れと称した米澤弥生を岳志自身の手で汚そうとしていた。基久にとって考えられない行為だ。
 理想を汚されることは何事にも変えられない苦痛ではないのだろうか。
 例えば愛した男性に彼女が発覚される。例えば愛した女性が処女ではなかった。
 清く純粋だからこそ汚されたことを知ると衝撃を受ける。悔しくて苦しくて、愛した時間、費やした労力が苦痛に変わるからこそ、理想と言う山を自ら崩し終わりを迎える人もいる。一種の決別だからこそ、また新たな憧れを抱くことが出来るのである。
 しかし、岳志のやっていることは全く別だ。まだ岳志の抱く理想は清く純粋な状態だ。岳志が自然に学園生活を過ごせば、岳志は理想を抱いたまま幸せな日常を過ごすことが出来たのだ。
 なのに、『藁人形』を使って相反する行為を自ずから行おうとしている。それはもう、憧れでも理想でもない。呪いと言う言葉を使った、一種の破壊行為だ。


「憧れを汚すって言うのが一番の快感行為だと思わないか?俺って、手に入らないものはいくらでも穢すことが出来るんだぜ」


 「ケケケ・・・」とひけら笑う弥生(岳志)。聞いたことのない先生の口から出る不協和音。岳志が自身で悟った、自らが手に入れられないものに対する憎悪の塊――
 当然、岳志の破壊行為は岳志自らの憧れだけではない、基久の日常生活、麻衣子の親友関係、さつきの安全保障――破壊をしては再び破壊を繰り返す『藁人形』。――――破壊輪廻者。それが岳志の正体だった。

「狂ってる、岳志」

 麻衣子(基久)が一言だけ呟いた。鼻で笑う弥生(岳志)は職員室を出ていく。岳志の強行手段だった。

「行かせるか!」

 慌てるように職員室から飛び出す麻衣子(基久)。麻衣子の制服を急いで羽織り、廊下に飛び出した瞬間、弥生(岳志)が曲がり角で待ち伏せていた。その手には『藁人形』。死角になっていた麻衣子(基久)は急ブレーキをかけても間に合わなかった。

「しまっ――!!?」

 ――ボフッと、弥生の胸に体当たりをかます。しばらくして埋もれた麻衣子の顔が弥生の胸から飛び出した。

「ぷはあ――」

 息苦しかったのか、麻衣子は大きく深呼吸をしていた。そして、しばらくすると冷静にあたりを見渡し、キョトンとした表情で自分の制服姿を確認していた。

「えっ、あれ?わたし」

 口調も基久から変わっていることを確認し、麻衣子を廊下に置いて弥生(岳志)は理科室へと歩を進めていった。
 ・・・・・・そして、弥生(岳志)の理科の授業はチャイムが鳴った5分遅れで開始された。

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「ハァ・・・。やっちまった」

 感嘆の声をあげる麻衣子(基久)に、驚かす様にいきなりノックをした。誰もいないと思っていた麻衣子(基久)にとって、予想をはるかに超えていたのだろう。「うわあっ!」なんて驚いた声を響かせるような声で吐いていた。

「麻衣子~。まだぁ?」

 さもなにも知らない様な声で語りかける僕に、麻衣子(基久)は感づいたのだろう。

「その声はさつき?」
「そうだよ。はやく出てきてよ」
「う、うん!今でる」

 焦らす様にトイレを済ませる。本当ならオナニーの余韻やスカートの履き心地を楽しみたかったかもしれない。しかし、そんな猶予を与えてあげない。
 初めて身につけるスカートを慣れない手つきで身に付け、自分で外したブラジャーを背中に手を回しながらも急いで付けて女性用の制服を着こなしていく。
 サイズも合わないはずの制服を着て、鏡の前に立ちたいと言う欲望も今はお預けである。
 今は急いでさつきの前にでる。ただ、それだけを思って。

「おまたせ――むぐぅ!?」

 扉が開いたと同時に再び麻衣子(基久)を扉の奥へと追いつめ、便座に座らせると口を塞ぐ。

「むむぐ?」
「ふふふ、気持ちよさそうな声が聞こえていたね。どうだったかな、女の子の快感は?」
「ふぐっ――!?」

 途端にさつきは絶句し青ざめてしまう。オナニーしていたことがばれたことに恥ずかしがったのか、それとも女性の快感を味わったことがばれたのを恐れたのか、麻衣子(基久)は言葉を失った変わりに首を左右に振って敵ではないということを改めて強調してきた。

「そんなに怯えないで良いよ。別に咎めているわけじゃない。やっぱり初めての快感を知って気持ち良くなっちゃうのは当たり前だと思うよ?トレビアなのかな?アハハ」

 嘲笑うように目線を細めるさつきに麻衣子(基久)は唖然としたのか、口から手を放すと恐る恐る、震えるような声で聞いてきた。

「さつき・・・?」
「そういえば今までずっときみは僕のことさつきだと思ってたんだよね?でも、残念。僕はさつきじゃない。菅原だよ」
「菅原って、岳志?」
「そうだよ。基久くん」

 突然の告白に麻衣子(基久)は再び驚いていた。

「ウソ!?なんでおまえが女に、さつきになってるんだよ!?」
「きみも今は同じ女だろ?ちなみに、基久くんを麻衣子に入れ替えたのも僕だよ」

 含み笑いを浮かべながらも麻衣子(基久)に『藁人形』を見せる。

「この人形を触れば魂が人形と入れ替わるんだ。だから今この人形に入っているのは麻衣子なんだ。ちなみにその前はきみだよ」
「突然、意識がなくなったのはそのせいか・・・!じゃ、じゃあ、その前はひょっとして――」

 僕の姿を見ながら言う基久には答えが丸見えである。言わずもがな、

「さつきだね」

 今の自分の姿を答えながら胸をまさぐると、麻衣子(基久)は襲いかかる様に肩を掴みかかってきた。

「おまえ!?なにを考えてるんだよ!今すぐみんなを元に戻せ!」
「僕に指図するのかい?いいのかな?そんな強気に攻めちゃって。なんなら一生麻衣子の身体ですごすのかい?」
「てめえ・・・」

 掴んだ手がゆっくり放れる。これは一種の脅迫行為である。強制的に身体を入れ替えられ、元に戻る保証は『藁人形』の所有者が決める。そんなことが許されたら、神にだってなれるのではないだろうか。
 人生を左右させる程の力を手に入れた僕に、麻衣子(基久)は従うしかない。
 一人の、人間風情を恐れることはないのである。

「なぁに、きみが味わった快感を共有したいと言うのは僕も同じだ。だからきみには僕と共同で物事を手伝ってもらいたいんだ」
「お前と共同?」
「僕はなりたい人物がいるんだ。恋とはまた違う、憧れの人だ。その人の身体になったら僕はきみたちを元に戻すことにするよ」

 僕は『藁人形』の目的を伝える。さつきを求めたのは二の次に他ならない。一番の目的、憧れの相手との接触、そして略奪である。『呪い』とはつまり叶わぬ恋から生まれる。育たぬ愛。
 たとえば、テレビの中のアイドルを好きになったとして、結婚できると夢みるかといえばそうじゃない。あまりに住む世界が違いすぎて、理想を夢見ながら現実では地元の彼女を探している。
 たとえば、幼年時代に優しくされた近所のお姉さんを好きになったとして、二十歳を超えて結婚できたかと問われればそうじゃない。姉さんもまた人間。同じように年を取り、同じように結婚していく。住む世界が近すぎた為に、現実を見ながらクラスメイトと会話している。
 育たぬ愛、募る嫉妬、裏切りの醜悪。それが『呪い』だ。『呪い』は憧れの人物にこそかけるべきだ――。

「――憧れの人物に、自分が好きだと言う噂を聞かせる為にね」

 ストーカー的思考、楽観主義。危険思想と嘲るか。

「狂ってる、おまえは」

 麻衣子(基久)がポツリとつぶやいた。憧れの人物の為に、さつきを犠牲にし、関係ある基久や麻衣子まで被害を受けさせる岳志の暴走。
 『呪い』を話した時点で呪いは成立するなら警察に連絡できない。噂は瞬く間に広がり、信じる信じないに関係なく、入れ替えられたさつき、麻衣子、基久には害を被ってしまう。
 だからこそ僕は事実を易々と話せるのだ。だからこそ麻衣子(基久)は粛々と話を聞くだけしか出来ないのだ。
 最後まで放した僕に麻衣子(基久)は――

「その人物は誰だ?」

 と、意中の人物の名を聞いてきた。僕は答えた。

「米澤先生だよ」
 
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 米澤弥生。学校で化学を教える利己的な先生である。時々口調を強め持論を語る先生の話に感銘を受ける生徒は少なくない。
『大人になったら楽しいことをやり、学生のうちに辛いことを経験しておくこと』が先生のモットウであり、生徒に宿題をたんまりだして楽しんで見せるくらい、良い意味で生徒想い、悪い意味で子供だった。
 そんな先生を僕は恋していた。
 楽しく笑う先生の笑顔が好きだった。僕だけに向けてほしい笑顔で、僕に微笑んでほしいくらい愛おしい笑み。
 それが、先生は先週結婚したのだ。左手の薬指に指輪を付けて、幸せそうに歩いている先生が憎くなった。
 僕の愛は二度と叶わない。先生を恨まずにはいられなかった。
 
「せんせい……!せんせい……!!」

 震える手、悔しさに胸が張り裂けそうだ。
 僕を見てほしかった。一人の生徒じゃなく、一人の男性として見てほしかった。
 生まれる時代がもう少し早かったら、なんて神頼みをするつもりはない。米澤先生と出会えたこと、生徒と先生の立場でも、こうして出会えたことに感謝する。
 憧れとして米澤先生がいる、こんなに胸が苦しくなるのは憧れを手に入れたからだ。藁をつかむ思いで願った僕の想い。――それが、『藁人形』。 

「先生って、おまえ――。先生になってなにをする気だ!?」
「あはは。やることは一つしかないでしょう?きみも体験したばかりじゃないか」
「くっ」

 男性が求めるのは一つだけなのかもしれない。女性との交わりだ。

「先生一人犠牲になれば皆元通りだ。それとも、基久くんにとって元に戻らない方が都合がいんじゃないか?」
「そんなわけあるか、バカ」

 顔を真っ赤にしながらも否定する麻衣子(基久)に笑ってしまった。

「取引だ。乗るか反るかは基久くんが決めればいい」

 僕は、麻衣子(基久)に一つの案を提示した。麻衣子(基久)はその話を聞いてうなだれてしまった。

「・・・俺は――」



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「あ……くああ……」

 泣いた。大声で泣いた。基久くんの身体で涙が枯れて動けなくなるくらい長い時間泣いた。

「そんな泣いてどうするの?自分だって気持ち良かったんならそれでいいじゃないか」

 その変わりに私は大切なものを失くしてしまった気がした。目の前にいるさつき(岳志くん)と何も変わらない。私にはさつき(岳志くん)を非難できる立場じゃない。

「いいんだよ。これからは一緒に楽しむことになるんだからさ。『藁人形』でもっと仲間を増やしてきてあげるよ。ちょっと待っててよ」

 そう言うとさつき(岳志くん)はいつの間にか制服姿に着替えた格好で立ち上がると、私を置いて部屋を出て行ってしまう。

「待って……どこいくの?」
「この格好で行くところと言えば学校だろ?とりあえず仲間は一人決定かな?」

 そういうと手に持った『藁人形』を掲げて見せる。
 まさか……そんな……

「やめて!基久くんはなにも関係ないでしょう?わたし、岳志くんの彼女になる。基久くんを振ってあなたと付き合うから、もう、誰も巻き込まないで……」
「もう遅いんだよ、さつきさん。なにも知らせずに付き合っていた二人を僕は許すことはできない。次会う時は彼氏は元の基久くんだと思わない方がいい」
「そんな…」

 まるで彼氏に死刑宣告でも受けたかのように愕然としてしまった。不幸は度重なり、悲劇は続く。

「ちなみにもう一人、僕は『呪い』をかけなくちゃいけない相手がいるんだ。彼女を入れて二対ニのお楽しみでも今夜始めようか――」
「――今夜は綺麗な満月が見られそうだしね」という台詞を残し、さつき(岳志くん)の姿は扉の奥へと消えていってしまった。
「アハハ…。僕に黙って付き合うのがいけないんだよ」

 今まで隠れてこそこそ付き合っていたさつきと基久。そんなことを知らずにただ片想いをしている僕の時間を返してほしい。
 当然、時間は返せない。時間は元に戻らないのだから。
 ならば時間は『取り』返すしかない。無駄だった僕の時間を埋めるほどの楽しみによって。
 さつきと基久は僕の駒だ。そうなってもらわなければ面白くない。
 さつきには恐怖を。基久には快楽を。
 それぞれ異なる刺激による下部を作る。一体どのように忠誠を誓うのか見定めなければならない。

「さつきは一先ずいいな。この身体でいる限り僕に従わざるを得ないのだから」

 身体を奪うと言う事は人質と同じで、それ以上に性質が悪い。他人ではない、自分の身体を穢されることに果たして耐えられる人がいるだろうか。菅原くんが外でナニをしているかとさつきが考えただけでさつきは恐怖するのだ。それは噂以上に恐ろしく、『呪い』以上におぞましい。

「さつきは自分で衰退していくかもしれないな。ちゃんと躾けていかないとな」

 生かさず殺さずに、さつきを従僕にしなければならない。そう考えると他に一人、出来ればさつきの友達を連れていきたいところである。さつきの面倒と監視役。そして生きる糧として傍に仕える人物が必要だった。

「アハッ、僕って優しいな。ねっ、さつきちゃん」

 寛大な精神、さつきに対する思いやり。きっと知ったらさつきは泣いて喜ぶだろう。
 知る、知らないは彼女の耳が受け入れるかどうかだ。ほらっ、『呪い』もそうさ。呪いは耳から入ってくる見えない情報の擦れる音みたいなもの。
 発泡スチロールの擦れる音、黒板を引っ掻く音、不協和音、
 不況、布教、口から出る呪い言に恐怖し、背中を震わせ成立する、『呪い』。

「おっはあ!」
「わあっ!?」

 急に背後から声をかけてきた人物に驚く。

「麻衣子!?」

 さつきの友達、持倉麻衣子―もちくらまいこ―だった。麻衣子にとってはたださつきに声をかけただけ。必要以上に驚いたさつきに逆に驚いていた。

「どうしたの?朝の挨拶のつもりだったんだけど?」
「後ろから声をかけられたら誰だって驚くよ」
「遅刻しかけたと思ったら全速力で走ってきたんだよ。そしたら前にはさつきがいるじゃん。間に合ったと思って安心しちゃったよ」
「アハハ……」

 この状況、さつきと麻衣子しか通学路にいない状況を見て何故遅刻だと分からないのか。一時間目遅刻してこようと思った確信犯の僕とは違い、麻衣子は天然の遅刻常習犯だ。

「見てよこの髪。なにもしてこなかったからボサボサ。思いっきり跳ねまくってるでしょう?」
「うん、鏡見た方がいいよ」
「この顔もノーメイクできちゃった。童顔だってばれちゃう」
「今までメイクしてきてたの!」
「ちなみにお手洗いも近いんだよね」
「それくらいはしてきて良かったんじゃないの?」
「まぁ、さつきの顔見て安心しちゃったよ。・・・ちょっとトイレ!」

 さつきの顔は麻衣子にとって都合の良い時計かなのだろうか。麻衣子は未だに時間を気にすることなく公園のトイレに向かっていった。

「……そうだ。麻衣子にしよう」

 子供のようにはしゃぐ麻衣子が快楽を覚えたらどうなるのか興味があった。
 それが麻衣子ではなく、基久によって開拓させられていく様をみるのは面白そうだ、
 僕は『藁人形』を持ちトイレに籠った麻衣子に声をかける。

「麻衣子~」
「ん~?」

 奥から二番目から返事がきた。

「麻衣子に渡したいものがあるから受け取ってくれない?」
「なに~?トイレットペーパーなら助かるんだけど?」

 僕はトイレの上の隙間に向け、『藁人形』を投げ入れた。扉の奥へ消えていった『藁人形』が、うまい具合に真ん中に落ちて麻衣子の手の平で受け取った瞬間、扉の奥から「ひっ」という麻衣子の微かな呻き声が聞こえてきた。


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「――はっ!」

 息を飲んだ。私があげた声は振動して音となった。
 私の思い通りに動く身体。しかし、その身体は筋肉が付いていて男前だった。私の身体じゃない。女性ではなく男性の性器が付いている。

「きゃっ――」

 小さな悲鳴を見て嘲笑う私。身体のラインを第三者で見られるのは鏡の前だけだと思っていた。
 笹林さつきが私の目の前で目を細めていた。

「久し振りに人間に戻った感想はどうだい?」
「私はいったい、どうなったの?」

 ・・・分かっているのに、聞かずにはいられなかった。

「きみは男になったんだよ。しかもきみの良く知る彼氏、加納基久くんの身体にね」

 加納くんが見えなくなったのではない。私が加納くんになってしまったのだ。さつきが手に持つ『藁人形』は、先程封じられていた私の姿から基久くんの姿へ変わっていた。それこそが、加納くんが今『藁人形』に入っていることの何よりの証明に見えた。

「彼氏彼女って今の光景が日常茶飯事で広がってるんだろ?いいなぁ。僕じゃいつまで経っても訪れない気がしたよ。正直、羨ましい」

 身体を起こしてベッドを軋みながら歩いてくるさつき。私の身体を奪った岳志は、基久くんの身体になった私に抱きついて倒れこんできた。勢いに負けて押された私に抱きついてきたさつきの胸の膨らみが触れていた。裸同士で抱き合っているせいで、その柔らかさは基久くんが鍛えた。胸筋の上からでも貫通して伝わってきた。
「柔らかい・・・」と思った瞬間、男性の性器は私の感度に同調してムクムクと硬く大きくなったのを感じた。

「ふぅん。じゃあ、こんなのどうかな?」

  イヤらしい表情で微笑むさつき(岳志くん)はわざと太股をアソコに擦りつける。
太ももに擦られて感じてしまっている。股間のものはすでに天井に向かって突き上がっていた。上から覗くさつきが上下に動いて私を気持ち良くさせている。「ん、ん、」と、甘い声を洩らしながら甘美を味あわせる姿に恥ずかしさで両手で顔を覆ってしまった。
 
「あ・・・いやあ!こんなの――」

 私が私を犯してる。楽しそうな表情で私の理性を一つ一つ崩壊させていく。

「わたし、そんなことしない。したことない!」 
「男を喜ばせる方法はいくらでもあるんだよ。せっかくだ。一発抜いてあげるよ」

 驚いた私は顔だけを浮かせてさつきを見た。さつきはお腹から滑る様に膝の上へと移動すると、目の前にある私の逸物を口に含んだのだ。
 信じられない。岳志くんは男性なのに抵抗はないのだろうか。女の私だってまだそういう事に抵抗があるのに。
 
「ん・・あむっ・・・ふふ、ちゅぷ、ぢゅるぢゅる。ぺちょぺろ、レロ・・レロ・・」
「いやあ、変な事しないで・・・おかしくなっちゃう――!」

 舌でゆっくり舐め上げては唇を上下に動かされると、口の中でおち〇ちんがさらに硬くなっていくのがわかった。
 私の顔が、おち〇ちんを美味しそうに咥えて放さない。

「むふぅ。気持ち良いの?基久くん?」
「――ひっ!!?」
「いつでも、だひて良いからね。わたひのおくちのなは・・・ちゅぶっ」

 私の真似をしながらフェラチオをする岳志くん。その姿はまるで本当に笹林さつきにしか思えない。
でも、それを誰よりも否定しないといけない。

「私の真似しないで!うああっ――!」
「んふ・・。はぁ・・・、お口だけじゃなくて、ほらっ、この巨乳でも扱いてあげる。私のぜんぶを使っておち〇ぽ慰めてあげる」
「そんなの、私じゃない!」

 私の身体をそんなイヤらしく見ないで!私の声や身体を、イヤらしいことに使わないで!

「うん。あなたはさつきじゃないでしょ?基久くん」
「私はさつきよ!私の身体返して、岳志くん!」
「ちゃんと前を見てよ。どこから見ても私は笹林さつきでしょう?」

 はっと顔をさつき(岳志くん)に合わす。目を合わせるとさつき(岳志くん)は行為を再開した。

「いつもこうやって股の下に顔を埋めてるのよね?おちんぽ舐めて気持ち良くしている姿を見て」

 舌舐めずりでおち〇ちんの竿から亀頭になぞり上げる。涎と違う私から零れた液を掬い取って口の中へと流していった。

「おいひい。もっとちょうらい。基久くんのカウパー液」

 あまりに怖いほどの化けよう。それが女の、さつきの姿。

 そうか。彼はもう私に、さつきになりきっているんだ。女性としているからフェラもできるし、男性を気持ち良くさせようと頑張っている。

「んん、ん、あふぅ」
 
 声で身体で私の感度を高め続ける。男性になった私には耐えられるほどの我慢を持ち合わせていなかった。
 ブルっと震えるや否や、身体の奥から勢いよく下腹部に集中して押し寄せる波が生まれた。

「あーん、何か出てくる、いや。でも、でも・・・いく、だめえ」
「んんっ!?・・・んっ・・・んふぅ・・コクッ、コクッ」
 
  さつきが口を離すと、薄く開いた唇の間から白い物がタラリと垂れてきた。しっかりとそれも掬い取り、ゴクリと口の中へと飲み干してしまった。
 

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 さつき(岳志)も気付いて携帯を振りむく。先程脱いだ制服のポケットに入っていた携帯を取り出すと、着信相手を見ていた。

「加納基久―かのうもとひさ―?」
(加納くん!?)

 クラスメイトであり私の彼氏だ。さつき(岳志)もその名前に私を睨みつけるが、『藁人形』で表情が出せないことに不幸中の幸いを感じる。どう受け取っていいのか分からない菅原(岳志)は、一か八かの賭けに出て携帯の通話ボタンを押した。

「もしもし?」
『おはよう、さつき。もう学校いく準備できた』

 加納くんとは近所であり、私とは一緒に登校している。普段なら朝から喜びながら学校に向かうのだが、今朝はそういう気分になれなかった。

「うん。学校行けるよ。でも、今日はさぼりたいなって」
『えっ?なに、良く聞こえなかったんだけど』

(お願い、加納くん。早く異変に気付いて)

 祈るような気持ちで彼氏にメッセージを届ける。テレパシーを遅れるのなら今すぐにでも使いたいくらいだ。しかし――、

『さぼりは良くないよ。ほらっ、一緒に学校行くよ』

 ――彼の優しさが逆撫でする。

「やけに親身になって言ってくるわね。・・・ねえ。加納くんと私ってどんな関係?」
『えっ?イヤだなぁ、さつき――』

 ダメ!――言っちゃダメ!!
 彼氏の口を塞ぐことのできない状況で、私の悲痛な叫びが無情にも響いた。


『俺たちは恋人同士だろ?』


「そっか。そうなんだ・・・・・・」

 長い沈黙の後、さつき(岳志)は言った。手が震えている。悔しさを滲ませるように歯を噛み締め、電話の奥にいる彼に怒りを露わしていた。
 怖い。私の怒った表情とはまた違った表情に見えた。

 ふと、その表情が一気に消えて元の私に笑みに戻った。怒りを隠して冷静を装いながらさつき(岳志)は言葉を選んでいた。

「ねえ、今日は私が迎えに行ってあげるよ。だから少しだけ待ってて」
『学校から遠くなるよ?いいの?』
「いいわよ、少しの距離だもの。じゃあ、すぐ行くから。・・・うん。はい、はーい』
 
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 プチっと電話が切れてさつき(岳志)はベッドから身を起こした。裸に再び制服を通し、学校に行く準備をもくもくと始める。
 着る予定だった衣装を戻し、履く予定だった下着を戻し、鞄を持つと『藁人形』の私を持ちあげた。

「と言う事で、彼氏を迎えに行こうか。一緒にさ」

 絶対零度の冷たさを持つ視線が突き刺さる。声を出せたら恐怖で震えている声が聞こえているだろうが、今の私には恐怖すら表現する術がなかった。
 
   笹林さつきの彼氏と分かった加納基久は、同じクラスメイトで誰にでも優しく爽やかキャラだ。
 そのおかげで女性からは絶大な人気があり、男性の妬みの対象にもなっていた。しかし、俺としたことが。基久の笑みは特別な人を作らないとばかり思っていたが、彼もまた普通の男性。よりにもよって笹林さつきと出来ていたとは。
 仲の良い御近所付き合いだと思っていたが、とっくに彼氏彼女の関係になっていたことを知る。
 妬みは僻みの対象になる。――この恨み晴らさでおくべきか!

「でも、ふふふ・・・」

 既に『呪い』の効いた自分の身体。制服にスカート姿で歩く自分の身体は、笹林さつきに他ならない。今の俺が基久の前に現れたら、二人の関係を断つことも決して難しいことじゃない。

 ――なぜ?――どうして?――わからないよ?

 事態が最悪の方向に近づいても決して修復する方法を知らない。指を咥えて関係を切られていくのを黙って惨劇を見ていることしか出来ないだろう。


 それが『呪い』。『藁人形』が完成してしまえば呪いを解く方法など存在しないのだから。


「そうだよね、さつきちゃん?」

 さつきは今の状況をどう思っているだろう。止めようと思っても身動きが出来ない『藁人形』となった状況だ。無知である基久よりも悲惨な光景を垣間見ることだろう。

 ――喋りたい!――動きたい!――止めさせたい!

 事態が最悪の方向に向かっても決して止められる方法を知らない。藁にも縋る想いで願いながらも黙って惨劇を見つめるしかない。

「さぁ、一緒に祝おう。喜劇の始まりをね」

 加納家の前に到着した。呼び鈴を鳴らして彼氏を呼びだすと、待っていたかのように基久はすぐにドアから顔を出した。


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 私、笹林さつき―ささばやしさつき―は小さな神社に住んでいます。大したお寺じゃないけど、大晦日や夏のお祭りには人で賑わいを見せる神社で、私は巫女さんとして神さまを奉ることもやっています。
 と言っても普段は高校生。学校のみんなと夕方近くまで過ごして、朝と夜に神社のまわりを掃除する程度。私ですら嗜む程度しか家の祀っている神さまのことをしらないのだ。
 おじいちゃんは良くそれで怒るけど、私は逃げて今日まで生きてしまっている。


 神さまへの信仰も私たちの代では希薄になってしまっているのかもしれない。


 ――最近の若者は現実を見ている、
 ――賢くなった、余計なものにお金を使わなくなった。

 情報化社会。そんな言葉で苦しめられるのは、なにも会社だけではない。神さまだってそうだ。

 夢を見なくなったわけじゃなく、夢を見られなくなっただけ。
 神さまはいると言っても現実味がなくて笑いものにされてしまう。

 神さまは夢物語だと、今の私たちは到底信用できない。そんなところまで現実は迫っていた。

 ――息苦しい世の中。救いを差し伸ばしたくても救えるのは自分だけだと殻に閉じこもってしまう。
 ――「信じて」という言葉は偽善扱い。信仰心を怖がり神さまを拒絶する。

 わたしの家で奉られている神さまはそんな、一人ぼっちの神さまだ。

「・・・って、巫女が神さまを一人ぼっちにしちゃだめだよね」

 信じていなくてもいい。人にはそれぞれの考えがある。救いを求める人にいつでも手が差し出せるように、私は神社を綺麗にする義務がある。日課である。
 竹ぼうきで枯葉を払い、玉砂利を整え、蜘蛛の巣を絡め取っていく。
 冬の近いこの時期は寒さが一番応える。早く終わらして家の中に入りたい。

「あっ・・・」

 そんな私の目に、木に打ちつけられた縁起のないものを見つけてしまった。

『藁人形』だった。

「ちょっと、やだぁ、誰がこんなものをうちの大木に!?」

 『藁人形』といえばよからぬイメージを持たれてしまう。そう、『藁人形』は呪いの代名詞だ。丑の刻参りに憎みたい相手に見立てた『藁人形』を五寸釘で打つと呪いをかけられると言うのは有名の話だ。
 しかし、呪いとはつまり噂だ。『藁人形』もまた一目に突く場所で打ちつけて印象を持たせることで呪いをかけたい相手に噂を届ける。その噂により悪い出来事を呪いとして認識してしまうから呪いは成立する。
 呪いは私の中ではそう位置づけられていた。だから私にとって呪いは怖いものではなかった。むしろ迷惑極まりない行為であった。
 神社に打ちつけられた『藁人形』の後始末を何故関係ない私がしなければいけないのだろうか、人形供養も必要で手間がかかる。

「よいっしょっと!」

 釘を抜いて『藁人形』を大木から抜き取る。いったい誰が恨みを買われたのか、また誰が呪いをかけたのか。
 その『藁人形』を手につかんだ。

「菅原岳志―すがわらたけし―・・・って、うちのクラスの岳志くんと同じ名前だ・・・・・・まさかね」

 私の知っている岳志くんはもの静かで、自分から口を開くタイプじゃなかった。だから私もあまり喋ったことはない。けれど、誰かに恨みを買われるようなこともしない。本当にただのクラスメイト、という印象でしかない生徒だ。

「そんな彼の『藁人形』がどうしてうちに・・・・・・えっ?」

 私が気が付いた時には既に手遅れだったのかもしれない。
 『藁人形』が私の手の中で大きくなっていた。先程まで五寸釘で打ちつけられていたお腹が目の前に広がり、藁で作られた体内に吸い込まれそうになっていた。

「なんなの、これえ!?」

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 手を放そうとしても不思議な力に抑えつけられているかのように『藁人形』から放れない。『藁人形』と向かいあう私に、眩しい閃光が放たれた。

「いやあああああああああああ―――!!」」

 閃光に導かれるように私の意識は一瞬真っ暗になり、私の手からようやく『藁人形』が放れて地面に叩き落とされた。

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