純粋とは矛盾色-Necronomicon rule book-

夢と希望をお届けする『エムシー販売店』経営者が描く腐敗の物語。 皆さまの秘めた『グレイヴ』が目覚めますことを心待ちにしております。

カテゴリ:グノーグレイヴ『体内変化』 > 粘土『遠隔操作と皮試着』

 前田亜衣子の身体に入り込んだ俺は、自分がどうなったのか気になって自宅へとやってきた。
 チャイムを鳴らしてしばらく待つと、母親が顔を出した。

「あらあら?女の子?」
「はい」
「寧音(ねおん)~お友達よ~」
「違います」

 亜衣子(俺)の顔を見て妹を呼ぼうとするので、早速止める。

「あの、正雄くんはいらっしゃいますか?」
「あらあらまあまあ」

 訝しげな表情(といっても終始満面の笑みだ。家族だからわかる表情の違いである)を浮かべながら母親は正雄を呼んだ。階段を降りてきた正雄が亜衣子(俺)の顔を見て驚いていた。

「ま、ままま、まえだぁ!?」 

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 奇声をあげているが、確かに亜衣子が俺の家を訪ねてくるなど予想外も甚だしい。通常であれば、亜衣子が俺の家にやってくる予定もないのだから、俺の家にやってくるはずもない。となれば、今の正雄は亜衣子がやってきて内心穏やかじゃないといったところだろう。

「ど、どうしたんだよ、こんな時間によ」
「お邪魔していい?」
「おうよ。邪魔なんかじゃなく、どうぞ・・・」
「どうぞごゆっくり」

 母親が笑いながらリビングへ引き返していった。あの様子だと後にお茶を持ってくるかもしれない。
 そんなことを想いながら、俺は正雄を置いて自分の部屋へと入っていった。自分の部屋だけど亜衣子として訪れた部屋は普段と違う印象を受ける。
 そう、まるで男の部屋であり、男のにおいがする部屋だった。

「へえ、綺麗に片付いてるね」
「おうよ。お、おまえがいつでも来ても良いようにな」
「それは凄い徹底ぶりだね」

 部屋は常に片づけておきたいものだ。いつ誰がやってきても大丈夫なようにしておくことがモテルポイントの一つである。

「てっきりエロゲーでも持ってると思ってたよ」
「あるわけねえだろ!俺がそんなモノで悦ぶとでも思ったか!」
「パソコンの中にあったりして」
「あsdfghjkl;:」

 当然俺が知らないわけがない。 からかうのは面白いが、同時に亜衣子の中に入り込んでいる俺とは別に正雄として生活している俺がいることに動揺しているのである。
 やはりそういうことか。つまり俺は『像』の中に植え付けられた髪の毛から遺伝した正雄の『錬金生物―ホルムンクス―』のような存在だったのだ。
  正雄は俺の正体に気付いていないようだが、主人格である俺本人を見るのはそれはそれで動揺するものであった。

「ねえ、私の『像』を知らない?」
「な・・・!?」

 正雄がドキッと言葉を詰まらせる。無理もない、亜衣子が知るはずのない単語を喋っているのだから。謙信にまで伝わるかもしれないと、試行を錯誤しながら言葉を考えているように思った。

「大丈夫だよ、謙信ちゃんには喋らないであげるから」
「ほ、本当か・・・ふぅ~。まいったな。なんで前田が知ってるんだよ」

 棚ケースから取り出した亜衣子の『像』。俺の髪の毛が入ったままの状態だろう、そうじゃなければ俺の存在が消滅するはずなのだから。

「その『像』でナニをしようとしてたのかな?」

 亜衣子の『像』を作ったということは、その『像』で亜衣子を操ろうとしていたのは明白だ。髪の毛を入れたまでのことを覚えているが、その後の話を聞かなくてはなにが起こったのかわからない。

「違うんだって!俺はあいつに言われた通り、髪の毛を入れたんだ。そしたら、その後からこの『像』はただの置物になっちまったんだ。謙信の時みたいに操ることもできないし、わけがわかんねぇよ!」

 今の『像』はフィギュア化しており、遠隔操作や犯すことも出来ないただの置物になってしまっているという。正雄にとってはその能力を失うことに憤りを見せているが、それを聞いて俺は一人なるほどとうなずいてしまった。

「(つまり、人体操作していることを本人は知らないのか)」

 俺が亜衣子になっていることを正雄本人は知らない。当然だ、知っていたら亜衣子(俺)を手厚く歓迎などしないだろうし、対応もまた変わっていただろう。俺自身でありながら分離した俺に照れ隠しを見せるのはむしろ面白い。
 折角だし、俺自身をからかってやるかと俺は亜衣子に成りすまし続けることを決めて様子をうかがうことにした。

「そんなモノ使わなくたって、私に言ってくれたらサービスしてあげるのにな」
「・・・え?」

 素っ頓狂な、それでいて何かを期待しているかのような声で正雄は亜衣子(俺)に振り返った。俺は目を合わせながらゆっくりとスカートを持ち上げていき、亜衣子の穿いていたショーツを正雄―おれ―自身に見せつけた。

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「ほらっ、なんも味気ないショーツだけど、見たかったんでしょう?」
「見たかったとかじゃなく・・・う、うおおお!!!」

 吠えた。叫んだ。獣になった。
 それはそうだ。好きな子が自分からショーツを見せつけているんだ。正雄の息が上がり、今にも襲い掛かる勢いで姿勢をかがめていた。

「亜衣子さぁ~ん!!!」
「きゃあ!」

 妙な雄たけびをあげた正雄が、ハイジャンプをしながら亜衣子(俺)にとびかかってきた。押し倒してはショーツに鼻先をあててくんかくんかとにおいを嗅いでいた。

「ああ・・これが亜衣子のにおいか。ほのかに香る酸っぱさがたまらない」
「もう、乱暴なんだから」

 まるで獣に成り果てた俺を見ながら余裕の笑みを浮かべて取り繕う。
 いいさ、正雄―おれ―の気が済むまでやればいい。そのために俺は犯されに来たのだ。
 自分自身に犯されることを望んでいる、宇宙人なのだから。

 
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 謙信を犯して満足して家に帰ってきた俺。勝利の余韻に浸りながら『粘土』を捏ねていた。

「これでようやく亜衣子を抱けるぜ!」

 今度は邪魔者がいない。亜衣子のことを思いながら『粘土』を捏ねていたせいで、気付けば前田亜衣子の『像』が出来上がっていく。しかし、今度は謙信の時のように仕返しをするわけじゃない。魔道具を使って亜衣子を自分のモノにするということは、 純粋な愛を穢す行為であることに違いない。やっていることが矛盾する。だから、亜衣子に対して『像』は使いたくなかった。

「手持無沙汰で完成させちまったけど、フィギュアとして部屋に飾っておくかな」

 完成された亜衣子の『像』もまた本物と同じクオリティに出来ていた。部屋に飾っておいても違和感がないほどの出来栄えに亜衣子に対する想いがかなり強いことがうかがえた。

「・・・できれば一つになりたいんだけどな」

 亜衣子に憑依できるならやりたい、亜衣子を自分のモノにしたいという想いがより俺の欲求を高ぶる。

「そんなことできないか」
「できるよ!」
「うわぁ!!お、おまえ、いつの間に!?」

 気づけば少女が部屋にまでやってきていた。神出鬼没とはいえ、人の家にまで上がり込んでいる自称宇宙人に下でくつろいでいる母親か妹は気付いてほしいものだった。

「何しに来たんだよ」
「困っている声が聞こえたからね。顔を出したわけだよ」
「お前は俺がピンチになったら駆けつけてくれる正義の使者かなんかか?」
「ううん。お腹すいたって声が聞こえたんだよ」
「おまえじゃないのか!!?」

 むしろ、さっきから叫んでいる妹の声が外にも聞こえているのかよ。それは今度妹に伝えてやらなくちゃいけない。恥ずかしいったらありゃしない。

「確かにボクもお腹すいてるよ。1日中働いて、それでも上から扱き使われて、足が棒になるまで歩いて、もうクタクタだよ」
「ブラックだ・・・社畜の鏡だ」
「それでもね、ボクはお米があったら元気になれるよ!やっぱりお米って美味しいよね~」
「すっかり人間社会に染まってやがる・・・宇宙人なら宇宙食くらいに抑えてほしいもんだぜ」
「ああ、誰かお米くれないかなあ?お金で買うなんて高くて仕方ないよ」
「お米券ならくれる奴知ってるぞ」
「いいなあ!今度紹介してよ!」

 宇宙人の間で勝手に交渉が進む。ああ、こうやって無害な人物が被害者になっていくんですね。

「将来は田んぼでも作ってここら一体を田んぼアートで飾ってみたいね」
「ミステリーサークルでも作る気かよ」
「田んぼアートで宇宙人と交信できたら夢あるよね?」
「夏しか更新できねえ!」
「『今年も美味しいお米出来ました』」
「そんな理由で地球が破滅したら泣くぞ!!!」
「あまったお米で餅つき大会しようよ」
「田舎の情景にあこがれてるんじゃねえよ!」

 夢を見たり田舎に逃避したり、本当に仕事嫌なんだろうな・・・。
 現実を直視してください。 

「で、話は戻るけど本当なのか?その、亜衣子と一つになれるってのはよ」
「本当だよ」
「マジかよ!どうやるんだよ、なっ、なっ!教えてくれよ!」
「急に甘えてきて、気持ち悪いなぁ」

 少女は完成させた亜衣子の『像』を手に取った。そして俺に投げつけた。

「簡単だよ。これにきみの髪の毛を入れればいいよ」
「髪の毛?」
「髪の毛じゃなくても、皮膚でもいいよ。きみのDNAをこの『像』に植え込めばきみは『像』の人物になれるはずだよ。ボクの商品だもの。それくらい可能だよ」

 「じゃ、ボクはこれで失礼するね」 と、本当に用件だけ言って少女は帰っていった。お腹が空いていると言っておきながら、うちの夕食をご馳走にならずに。

「・・・なんだよ、飯でも食ってけばいいのに」

 今更そんなことに恐縮する仲じゃないと思っていたのに、少女の中ではやっぱり俺も顧客の一人なんだろうか。
 少女のいなくなった扉をしばらく眺めながら、俺は自らの髪の毛を一本抜いた。 

「『像』に入れればいいのか・・・」

 俺は自分の髪の毛を亜衣子の『像』に植え込んだ。『粘土』でできた『像』はむにゅっとへこんで髪の毛を奥まで呑み込んでいく。まるで田植えのように、ぬかるんだ土に苗を植えるように、髪の毛を『像』へ植え込んだ瞬間、俺の視界は一気に暗転した。 


 
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 正雄の持つ『像』によって謙信の身体は正雄の好きなように改造されていく。そんなことあるはずがないと思ったところで、実際に自分の胸が大きく膨らんでいるのを見て否定することすらできない。

「違う・・・そんなことがあるはずがないではない、そんなことが許されるはずがない」

 自らの身体を好き勝手に弄び、悪魔の如く謙信のプライドを踏みにじる正雄を許せるはずもない。
 悪鬼を打ち滅ぼす剣となって、その『像』もろとも正雄を正気に返す。

「むっ・・・」

 謙信の最後の意地。やられてもなお抵抗の意志を見せ、心尽きるまで堕ちることを拒み、改造されてなお鋭い眼光を向けて『軍神の威光』を放とうとしている謙信に正雄は敬意を表する。

「その姿勢は実に華麗だ。やはりそうでなければ面白くない。山は高いからこそ征服のし甲斐がある」
「身体が自由に動けなくなっても・・・お前などに心まで奪われてなるものか!」
「いや、なるさ。身体だけじゃなく、心も奪ってこそ俺の完璧な所有物になるんだ」

 『像』を向けて謙信と対峙する。身体が自由に動けなくても、心まで束縛される前に正雄の手から『像』を手放し奪うこと。
 謙信は身体能力をフルに解放する。『毘沙門天』の名において、刀の如くその身を一閃する。

「――っ!?」
「はあぁぁぁ!!!」

 正雄が『像』を操る前に、謙信が『像』を薙ぎ払った。正雄の手が『像』を落とす。そして、床に落ちた自らの『像』を謙信が拾った。

「なに!?」
「よくもやってくれたわね」

 これで正雄に万策は尽きる。いや、『像』を使っていただけで正雄に策はない。『像』さえ奪えば勝敗は決まった。謙信の身体をこれ以上弄ぶことができるはずがなかった。

「覚悟しなさい。おまえに住まう悪を討つ」 

 これで終わる。日常へ帰るために正雄の中に住み着いた悪鬼を討つのだ。『刀八毘沙門天』で悪を八つ裂きにするのだ。

「く・・くくく・・・」

 正雄は笑った。この期に及んで余裕の笑みを浮かべていた。

「たかだか『像』を奪われたくらいで調子に乗るな」
「なんだと?」
「そんな『像』などくれてやる。記念の一体くらい観賞用に欲しかっただろう?」
「自分の『像』など気持ち悪いだけだ!」

 『像』を奪われてもまだ奴の卑下の笑みは失わない。いや、謙信にとってさらに状況の悪化は始まっていた。

「記念の一体・・・だと?」

 正雄の言葉から最悪の状況が脳裏によぎる。いや、最悪の状況は既に始まっていた。『像』はこの手に握られているはずなのに、身体は再び動けなくなっていったのだ。その身に降りかかった呪いはまだ終わらず、身体に与えられる快感の刺激が謙信の身体にまとわりついてくる。

「あ・・いやぁ!!」

 顔を舐められ、背後から抱きしめられる感覚が沸き起こる。それはまるで、透明人間に身体を弄ばれるかのような感覚であり、誰もいない空間から誰かの手が無造作に謙信を弄り始めたことに悪寒が走った。

「――そう、『像』はもう一体あるんだよ。謙信、いまのおまえの手に絶対届かない場所にな」

 余裕の笑みを浮かべているのも、謙信の前に現れたのも、『像』の正体を明かして謙信から『像』を奪われることもすべてが正雄の予定調和。遠隔操作系の魔道具を以てして正攻法で戦う意味など無い。あるとすればそれは、 相 手 の 戦 う ス タ イ ル に 仕 方 な く あ わ せ て や る だ け の こ と 。
 謙信の悶える姿を眺めながら、正雄はゆっくりとズボンを下ろし始めた。


 
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 授業が終わり、帰宅に部活に皆が各々の場所へ向かおうとする。人がまばらになっていく中、武田信玄もまた鞄にノートを仕舞いこんだ。

「さ、帰りますわよ」

 家路につこうと学校を去ろうとする前に、信玄の名を叫ぶ人物が目の前に立ち塞がった。

「しんげーーん!!!」

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 鬼の顔をした上杉謙信だった。

「怖いわね・・・いったいなんの騒ぎですこと?」

 あくまで冷静を装っていながら、そのオーラに圧倒される信玄。今にも襲い掛かろうとしている謙信に信玄はすぐさま真田諷を配置させる。

「よくもやってくれたわね」
「・・・フ。オーッホッホッホッホ!隙があればそこを突く。そんな当然のことを今更いうほうが愚弄ですわ」

 戦場とは常に勝たなければ、即ち其れ死を意味する。
 常勝するために、相手に同情や甘えなど無用である。
 信玄はそう教えられて育ってきた。勝つために戦うには相手を完膚なきまでに叩き潰すのである。武田家と上杉家は古くから続く因縁の相手。代々争いを続けてきた因果な関係である。勝負の世界に身を投じ、互いを敵視することで頂きを目指してきた。
 謙信と信玄の圧倒的な違いはそこである。
 謙信は亜衣子を守るために、敵である正雄を『屈服』させた。倒すこともできたのに、手加減して倒すべき相手まで守ってしまったことが謙信の優しさであり弱点だった。

「黙れ!今度こそ、おまえを許さない」
「それで、どうするつもりかしら?」
「はわわ。二人が本気で対峙してます!」
「ブクブクブクブク」
「うおお!?・・み、視るなあ!並みの人間だと意識を持っていかれるぞ!!」

 お互い放ちあう『軍神の威光』。相手を射抜く鋭い視線同士がぶつかり合い、火花を散って対峙する。ある者は泡を吹き、ある者は失神し、空気がビリビリと震える殺伐とした雰囲気が教室を覆っていた。

「今夜、この教室で決着をつける。それでどうだ?」
「構わなくてよ」

 二人の決着の刻が定まる。もう一度夜に集まることで誰にも邪魔をされずに勝敗をつけるつもりらしい。数で有利の信玄にとって、夜ほど戦いやすい戦場はなかった。夜時刻を選んだ時点で勝敗はほぼ決まっているといわんばかりに余裕の笑みを浮かべる。

「精々、遺言書でも用意しておきなさい。上杉謙信さん」

 高笑いを響かせながら教室を後にした信玄。 亜衣子が心配になって謙信のもとへ駆けつけた。

「謙信ちゃん・・・どうして・・・」
「亜衣子・・・」
「どうしてそんな勝手な戦いを挑むのです!無謀すぎますよ!」

 相手に有利である戦場に自ら勝負を挑むのは愚策でもなく自滅行為。そんな勝手な戦いに挑む謙信に亜衣子が叫んだ。

「許せ。私の勝手なお願いだ」
「謙信ちゃん!」
「それほど私は、あいつが許せないんだ!私の身体を操り、好き勝手する信玄にこれ以上調子に乗せたくない。だから、私はあえて茨の道を進み、相手の有利な戦場で必ず勝つ。もう二度と、信玄にでかい顔をさせないために」
「謙信・・ちゃん・・・!」

 亜衣子が息を呑む。目に涙を溜めながら、謙信を見ていられないとばかりに顔を伏せた。もう二度と顔を合わせられないかもしれない。次に顔を合わせる時は、真っ直ぐに目を向けることが出来るのか、亜衣子にはその自信がなかった。

「・・・っ!謙信ちゃん!?」

 亜衣子が顔をあげたとき、そこには謙信の姿はなかった。一人で消え、一人で戦うつもりなのだ。
 なんて勝手なのだろう。亜衣子は常に一緒にいたはずなのに、謙信の気持ちを分かってあげられなかった。救ってあげれなかった。

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 亜衣子はその場に崩れ泣き喚いた。

 
 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 今夜決着がつく。すべてに方が付く。
 武田信玄、上杉謙信。どちらが勝とうが負けようが、クラスメイトが一人減るだけだ。
 止めようとしても二人の中で戦いの火蓋が切られた以上、並み大抵の人間に止められる術はない。 それこそ、アニメで敵を倒す、正義の使者でもない限り。
 神奈、凛々朱も謙信を見つけても目を合わせられられなかった。自分たちは無力であり、謙信の意向を力づくで止められるほど強くなかったから。弱い奴は誰も救えない。助けたくても助けられないのだから。
 弱者が助けたいと願うことすら偽善行為なのだ。強者でしか他者を救えない現実。だからこそ、人は強者になろうと勉強する。知恵をつける。体力をつける。実力をつける。技術をつける。
 いったい、強者になるにはどれほどの時間を要するだろう。大人になるには時間がかかるのはそういうこと。子供に人は救えない。人を救いたいと思うのなら、その気持ちを持ち続けて大人になるしかないのである。

「謙信ちゃん!」

 それでも、神奈は謙信を止めた。声をかけた。

「お願いだから、やめて・・・」
「それはできない。これは私のプライドの問題だ」

 散々傷つけられた威厳に謙信の自尊心はボロボロにされていた。それを我慢してほしいと願う神奈の気持ちは、謙信の威厳を無視した自滅行為であることに他ならない。

「おまえに私の何がわかる!!!」
「あっ、ぐぅ!」

 『刀八毘沙門天』・・。実態のない刀に貫かれ、死の直前を視させる謙信の鋭い眼光。痛みすら伴う謙信の『刀八毘沙門天』の一つは神奈の胸を貫いており、痛みすら感じていた。

「い、たい・・・」
「やめて!これ以上やったら、神奈が死んじゃう!」
「邪魔をするなら、おまえも斬る」

 冷酷な言葉に凛々朱もまた話を折られた気分だった。二人の思いは謙信には届かない。信念を傷つけられた謙信は今や執念の塊となった悪鬼そのものになっていた。そんな姿を望んでいる者は誰もいなかった。

「謙信ちゃん・・・私たち、あなたのことずっと友達だと思ってる。クラスメイト以上に仲良くなりたいって思ってる。それなのに、私たちじゃあなたのことを分かってあげられないの!?そんなに私たちは信じられないの!?」


 争いはまた新たな戦いの火種になる。そんな永遠こそ人の業だというのに、愚かな行為を断ち切れない。
 最高だよ『人間』はと、誰かが嗤った。


「ううん・・・凛々朱。ちがうよ・・・」
「神奈・・・」

 胸を貫かれた神奈が静かに語る。四肢を貫かれ思うように動かせない状態で、ゆっくりと右手を自らの貫かれた胸へと持っていった。

「この痛みは・・謙信ちゃんの痛みだよ。胸が苦しくて、張り裂けそうなほどつらくて・・・痛いよ・・・」
「・・・・・・・」
「謙信ちゃんの意向が戦うことで救われるなら、私はもう何も言わないよ・・・。でも、お願い。信玄ちゃんを許してあげて。信玄ちゃんだって、本当にこんなことを望んでいるとは、私は思わないよ・・・」

 信玄もまた苦しみの中で戦っている。なぜ争い、なぜ戦い、勝利した後に何が残るのかを考える。
 恨みもない、憎みもしない。家系で争いあう間柄であるだけで、信玄が謙信を嫌いな理由はどこにある!?
 神奈は『それ』が分からない。謙信が信玄を憎む理由が分からない。

「だって、同じクラスメイトだもん。敵なんてことあるわけないよ・・・」

 ぎりっと謙信が歯を軋めた。神奈の話はまるで金平糖を噛んでいるかのようにムカつく話だった。粉々に粉砕してやりたかった。

「・・・おまえ達にはわからない!外様の分際で口を出すな!口を出さないなら手をだすな!!」
「私は謙信ちゃんのことをまだよく知らない。でも、知りたいから。分かり合いたいから口を出す!危険な戦いに手を差し出して止めさせたい!!――謙信ちゃん、信玄ちゃんを信じてあげて!!!」 

 両手を広げ、続く廊下を遮るように立ち塞いだ神奈。『刀八毘沙門天』を受けぼろぼろの身体でいるにもかかわらず、必死になって謙信の道をふさぐ神奈に凛々朱は思わず見とれてしまった。

「このぉ!!!」
「きゃあ!」

 だが、それも無駄だった。謙信の脚力に神奈がいくら塞いだところで風が吹けばバランスを崩して転倒する。謙信は足を前に進め駆け出して行った。
 
「謙信ちゃん・・・!」

 亜衣子も神奈も謙信を止められなかった。廊下で嘆く神奈の視線は、謙信が廊下の奥で曲がっていって消えていった先をしばらく見つめていた。


 
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 授業が終わり、神奈が謙信の様子を伺いにいった。その時には既に謙信の周りにはクラスメイト達が集まっていて、皆が謙信の身を心配していた。

「大丈夫、謙信ちゃん?」
「ああ。すまない、みんな。もう大丈夫だ」

 亜衣子の声に強くうなずきながら、皆の前で痴態を曝されたことに謙信は拳を強く握りしめていた。

「くっ・・・信玄め。いつの間にあのような呪術を覚えたんだ」

 毘沙門天―霊―を使いこなし、一体化することで『軍神の威光』を放つことができる謙信にとって、信玄もまた同じような力を得たと考えていた。さらに、信玄には忠臣する三人の部下を持つ。真田諷―さなだふう―、山県倫―やまがたりん―、馬場香山―ばばかやま―である。三人を突破して同じ力を得た信玄を倒すことが謙信にとって苦難であることは容易に想定できた。

「私は・・・」
「・・・。大丈夫です、上杉さん」

 重苦しい空気を破るように、謙信の耳に一人のクラスメイトの声が聞こえてきた。抑揚のない声だが澄んだ彼女の声は、その場にいた皆の注目を集めていた。

「上杉さんには大勢の仲間がいます。こうして、上杉さんの身体を心配して集まってくれた、クラスメイト達がいますから」

 遠野美凪―とおのみなぎ―の声に一騎加勢するように、亜衣子含めて神奈や凛々朱まで強くうなずいていた。

「そうだよ、謙信ちゃん!私たちがついてるよ」
「謙信さんの身体を操って酷いことするなんて許せない!」
「みんな・・・」
「正義の名のもとに、信玄ちゃんを凝らしてようよ!」
『オー!!!』

 弱い者を守ることに信念の火が灯る。クラスメイトという友達を傷つけられて黙っていられない年齢だった。燃え盛る三人の状況を見て今にも襲い掛かっていきそうな状況だったため、謙信は三人に釘を刺した。

「待ってくれ。信玄は私が倒す。これは私の・・・敵対心からくる執念だ」
「謙信ちゃん・・・」 
「だから、体調を万全にしてから私も加勢する。それまで、少しだけ待ってほしい」
『・・・・・・』

 三人は顔を見合わせ、謙信に頷いて見せた。わかったと、謙信の意思を尊重するように大人しくなった。謙信はそれを見て安堵した。

「・・・。そうですか」

 のんびりと、落ち着いた表情を崩さない美凪が一人遅ばせながら状況を把握した。そして、謙信の体調がよくなるようにと、懐からあるものを手渡した。

「早く体調がよくなるように、これを進呈」
「・・・これは?」
「お米券」

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 1kgのお米が買えるお米券。美凪なりの気遣いだろうか。それを見て神奈が目を輝かせていた。

「ああ、いいなぁ、おこめ券!私も病気になったらお米券くれる?」
「神奈に病気は無縁じゃない」
「・・・。いる?」
「うん!私、お米と海苔の佃煮があったら何もいらないの!」
「うわ、女子力ゼロ」

 ちゃっかり進呈してもらったおこめ券に喜ぶ神奈。凛々朱が申し訳なさそうに美凪に頭を下げていた。

「ごめんね、美凪。大事なお米券もらっちゃって」
「大丈夫。まだいっぱい持ってるから」
「そうなの?」
「残り98枚」
「・・・多いわね」
「・・・元気な方が・・・お米は美味い」

 名言をそのまま発しております。神奈も同様に頷いた。

「上杉さんもちゃんと食事はしっかりとってくださいね」
「あ、ありがとう」

 腹が減っては戦はできない。いったいどこから調達してくるのだろうかは永遠の謎である。
 謙信はそんなやり取りを見ながら、笑みを浮かべるほどまで回復していた。



 
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 初心に帰ろうよ。子供心を忘れちゃいけないよ。
 きみは『粘土』をもらったら、いったい何を作ろうとする?
 何を想像する?
 頭に思い描いたものを形にすればいいんだ。下手でも上手いでも関係ないよ。
 きみが思い、想像したものを『粘土』は創っていくから安心して。
 まぁ、きみがその『粘土』になにを思い、なにを望んだのかは――言わずもがな。

 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 不思議だ。あいつの言っていた通り、『粘土』を捏ねて弄っていたら、次第に形が見えてきた。
 気分は最悪なのに、こういう時って頭がやけにすっきりしている。
 それはもう、先生の「粘土遊びなんかやめて授業に集中しなさい」という忠告やら、クラスメイトの笑い声やらも無視して没頭できるほどだ。勉強でも類を見ないほどの集中力を見せつけた俺は、あっさりと完成までたどり着いてしまった。

「できた・・・」

 俺の完成した『粘土』は、粘土といえる代物ではなくなっていた。列記としたカタチを成していた。

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 上杉謙信、クラスメイトにして俺の憎き恋敵。前田亜衣子の心を射止めたのは、まさか同性の女性。
 許すまじ。男を侮辱しているとしか思えないその存在感。
 力で勝つことが出来ないのならば、能力を以てその身に教えてやる。

 『粘土』に捏ねた俺の恨みの念によって完成させた謙信ちゃんの像。その『粘土』で形を成した者を自由に動かすことを可能にする遠隔操作系能力――。

 「御覚悟を、謙信!」

 敵将を打ち取るが如く威勢を上げ俺は『像』を動かした。その時、謙信が立ち上がり黒板に答えを描きだそうと歩き出した瞬間だったので、謙信の身体がズルッと滑って見事に転び地面に倒れこんだ。

「・・・えっ、・・・えっ?」

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 まさか自分が転ぶなど夢に思っていなかっただろう。謙信だけじゃなく、レアな光景を見ることが出来た先生、クラスメイトたちまで目を丸くしていた。

「大丈夫、上杉さん」
「は、はい・・。大丈夫です。お騒がせしました」

 普段の威厳を保とうと冷静に咳払いして立ち上がろうとする。 だが、既に謙信の身体は俺のモノ。
 謙信がどう足掻こうが立ち上がることもできずに悪戦苦闘していた。

「なんだというのだ・・・?」
「まだまだ。こんなものじゃないぜ」

 俺が『像』 を動かし姿勢を作る。

「えっ?えっ?・・・やっ!?」

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 身体を回し、大股に足を広げてのM字開脚を披露する謙信。後ろの席だったため、前に座る生徒には謙信の穿いているショーツがばっちり丸見えになっているはずである。多くのクラスメイトが顔を真っ赤にして喜んでいた。

「いやっっっほぉ!!謙信ちゃんのパンティ見ちゃったあああ!!(いやっっっほぉ!!謙信ちゃんのパンティ見ちゃったあああ!!)」
「貴明!あんた思ってることそのまま口に出てるわよ!」
「しまったあぁぁ!!」
「どうしたの、謙信ちゃん!?」
「身体が勝手に・・・」

 皆が謙信を心配し始めているが、その中で俺は一人ほくそ笑んでいた。少女から教えてもらった通り、『像』を動かした通りに操ることが出来た。身体を動かすことが出来なければ謙信など恐れるに足りない。むしろ、自由に動かせるとあれば、謙信を使って好き勝手に操らせてもらうとしよう。

「あっ、えっ?ええぇ!?」
「謙信ちゃん?!」

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 皆が心配している前で謙信は自分の胸を揉み始める。力強く、形を変えるほどの勢いで胸を揉みくちゃにしていた。

「やっ・・・!やめっ!あんっ!やめろぉぉ!!」
「どういうことなの!?」
「私の意志じゃない・・・身体が勝手に胸を弄っているんだ!」

 謙信は必死に自分の意思じゃないことを伝えようとしているが、傍から見れば謙信が教室でオナニーを始めたようにしか見えない。制服の中に手を入れて、直接胸を弄り始めると、謙信の顔がだんだん高揚としてくる。

「ふぅん・・!あっ・・やっ・・ダメぇ・・」
「ど、どういうプレイなんだよ、おい。心身分離という新たなジャンルを開拓するつもりなのか?」
「そんなわけないでしょう!」
「みんな見るな・・・!今の私は私じゃない・・・あんっ!」

 右手を下ろしてショーツの上からノックするように大事な部分に触れると、謙信の身体がピクンと震えた。息を絶え絶えに吐き出しながら、抵抗しながらオナニーを続ける謙信は、俺から見ればよくこれほど抵抗を示すと感心するばかりだった。よく躾けられている。

「・・・だが、所詮は女性。快楽に溺れるがいい」
「ひぅ!」

 クリ〇リスに触れた瞬間、謙信が甲高い喘ぎ声を発した。じわりと濡れるショーツ。シミを作らせてオナニーする謙信に男性たちの息もあがる。

「お、俺のナパーム弾も暴発寸前だぜ」
「やったら貴明、金輪際教室に入れないからね!」

 皆が固唾を飲んで謙信を眺めている中――。突如甲高い笑い声が教室内に木霊した。



 
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 前田亜衣子―まえだあいこ―は追われていた。クラスの男子が意味もなく虐めてくると亜衣子はおびえていた。

「や、やめてください!」
「大丈夫、なにもしないから」

 何の説得力のない台詞をのたまう男子、及川正雄―おいかわまさお―。それなら何故追いかけてきたのかと亜衣子は息を絶え絶えに思った。

「なにもしないけど、なにもあげないわけじゃない」

 正雄はそういって懐から手紙を取り出す。真っ白な封筒入り手紙に亜衣子はまたもビクリと肩を震わせた。

「は、果たし状ですか!?」
「ちげえよ!!いつの時代の人間だ、俺は!?」

 これが果たし状だったら、亜衣子はいったい何で勝負するつもりなのだろうか、俺に勝てる要素が一つでもあるのかと、正雄は思った。 とろくて鈍い亜衣子の性格を知った上で正雄は手紙を手渡した。

「よろしくお願いします!」
「・・・?」

 亜衣子が手紙をよく見ると、ハートのシールで封をされているのである。気になって手紙を改めて読むと、亜衣子のことを褒めまくりの内容が書き連ねているのだ。
 褒め殺しだ。ドジで間抜けでとろいとまで書かれているのに、だが、それがいいとまとめている。
 要は亜衣子のマイナス要素ですらプラス要因になっているのだ。嫌いな部分もすべて受け入れて好きになると言っているのである。
 つまりはこの手紙は――ラブレターなのであった。

「今なんか下駄箱に手紙入れただけで先生にチクられるご時世だからな」
「及川君っていつの時代の人間ですか?」 
「はっ、しまった!」

 今と昔の違いをぼそっと言ってしまったことに正雄は軽く咳払いで流していた。

「そういうわけだ。俺はだな、つまり・・・前田のことが好きなんだ」
「私のことが・・・?」
「だからよ。俺と、その・・・付き合ってくれ!」

 正雄は勢いよく告白をした。気合の入った早口で、彼氏彼女の関係を望む言葉を述べたのだ。
 亜衣子の丸い目がさらに丸くなる。 びっくりしたまま固まっている亜衣子がその意図を呑み込むと、顔を真っ赤にして困り顔を浮かべていた。

「そそそ、そんな・・・困ります。でも、嬉しいんだけど、その・・・」

 亜衣子にとっては初めての告白を受けたのだ。亜衣子にとって自分がクラスのNo,1の美少女じゃないことは重々承知だった。天野神奈、夢見凛々朱、浅桜実波、遠野美凪・・・etc。亜衣子のクラスメイトは学年屈指の美少女揃いで構成されていた。同じクラスの男子が他クラスの男子から贔屓されるほど女子たちのレベルが高い。
 そんなわけだから、亜衣子は自分がクラスのNo.1の美少女じゃないことはわかっていた。せいぜいクラスの上位10位程度のレベルだろう。 だから、自分が誰かから告白されるなど夢にも思わなかったのだ。
 亜衣子が動揺した理由の一つはそれだった――。

「嬉しいなら、俺の言葉に頷いてほしい。そうすれば、きっとこれからの学園生活も楽しくなるから!」

 彼氏彼女という、勝ち組コースの道が待っている。正雄が手を差し伸べて亜衣子が手を掴むのを待っている。
 この手を握ることがまさに出世コースのようだ。希望と期待を掴むかのように、ゆっくり手を差し伸べていく亜衣子の動きが、思い出したかのようにぴたりと止まった。

「――――?」

 思わず手を掴むかと思った正雄が首を傾げた。何があったのかと亜衣子を見つめると、胸に手を当てて苦しそうにしている様子を浮かべていた。

「ダメ、です。ごめんなさい」
「なっ――!?」

 まさか、振られるなど夢に思っていなった正雄。勢いに任せてしまえばきっと亜衣子は断り辛くなると高をくくっていただけに、振られた衝撃は誰よりも強かった。

「な、何故だ・・・いったい、どうして・・・」
「私・・・好きな人がいるんです」
「ななな、なんだって!?」

 カミングアウト。衝撃告白が正雄をどん底まで叩き落とす。負け組確定コースに足を踏み入れた正雄にとって、この後の言葉はただただ辛いものだった。

「私が好きな人は・・・」
「言わなくていい、皆まで言うな!」
「及川さん・・・?」

 亜衣子の言葉を静止させ、フラッと歩を前に進める。

「俺以外に男がいるだと?そんな、馬鹿な・・・下調べした時から男の姿など確認できなかったのに・・・」
「ひぃぃぃ!!ストーカー入ってる!?」
「俺の告白を断ったらどうなるか、解っているな?」
「ひぃぃぃ!!ストーカーそのもの!?」

 自分のモノにならないと気が済まないのか、正雄の思考は停止しており、亜衣子を欲するあまり、亜衣子を追尾する自動機械―オートマーダー―さながらの行動を開始し始める。
 ゆらり、ふらりと、亜衣子の逃げまどう様子を追いかけながら、一定の距離を保ちながら近づいてくる正雄にさながら恐怖を感じていた。

「あっ――!!!」

 逃げまわっていた亜衣子が学園唯一の行き止まりの袋小路に入ってしまっていた。引き返すために振り向いた先に、正雄がひょこりと顔を出した。思わず悲鳴をあげてしまう亜衣子。

「あっ・・・、あっ・・・」

 絶体絶命。 クラスメイトでありながら、鼻息を荒くしている正雄の姿に戦慄すら覚えた。
 そして、妙な雄たけびをあげた正雄は、ハイジャンプをしながら亜衣子にとびかかってきた。

「亜衣子さぁ~ん!!!」
「きゃあああぁぁぁぁぁあ!!!」

 亜衣子の悲鳴を聞いて――学園の廊下に『かまいたち』が吹いた。
 刹那、正雄の軌道が曲折し、次の瞬間、廊下の壁に激突した。

「ぐえっ!!?」

 なにが起こったのか正雄本人すらわからない。しかし、亜衣子を守るように一人の人物がこの場に姿を現した時、亜衣子の表情が氷解していった。

「あぁぁ・・・け、謙信ちゃん!!!」
「大丈夫、亜衣子ちゃん」

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 亜衣子の前に現れた人物、上杉謙信―うえすぎけんしん―。向陽陣大高校最強の『軍神』と恐れられ、不義の行いをする者を倒し弱き者を助ける、クラスメイトである。

「怖かったです!うわあああぁぁぁん!」
「よしよし、泣かないで。私が傍にいてあげるから」
「ぐすっ。ハイ・・・」

 うれし泣きをしているせいか、顔を赤くしながら謙信の後ろに隠れる亜衣子。むくりと顔を起こした正雄が見たのは、正義という意志を形にしたかのように、剣にも似た鋭く刺さる視線を向ける謙信の威圧感だった。

「マジかよ・・・」

 女性でありながらその威圧感は男性をも凌駕する。守りたいという想いが力に変わるのならば、はたして男性と女性、どちらがより強くなるのだろうか。

「この場から去りなさい。さもなければ、毘沙門天の力を宿し、貴様を斬る」
「くっ!」

 既に正雄の足は震えが止まらなかった。神の化身を思わせるかのような圧倒的な存在感の前に、自分の小ささを呪わずにはいられない。だが、しかし――

「へっ・・・俺は何度でも蘇る。愛ある限り!」
「一方的な愛なんですけど!」
「仕方がないわね。さがって、亜衣子」

 正雄がやる気だとわかった瞬間、謙信が身構える。口で小さく呪文のように何かを呟きはじめた。

「詠唱?だが、俺を前に気が散漫してるぜ!」

 正雄が再びとびかかる。格闘ゲームなら強キックからのコンボ攻撃を繋げようとする動きなのだろうが、空中からの強キックなどカウンター攻撃の恰好の的である。

「オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ」
「!?」

 ちがう、謙信は詠唱していたわけじゃなく、力を取り込んでいたのだ。
 気を散漫していたのではなく、気を集中していた。
 室内であるはずなのに風が吹き、――次の瞬間、八つの刀が正雄の身体を次々に貫いた。

「『刀八毘沙門天』」
「ぐはあっ!」

 両手、両足、両胸、腹、顔。宙に浮いたままの状態で刀によって釘付けにされた蛾のように意気消沈していた。
死んでいるわけじゃない。これは幻影。実態のない刀であるにも関わらず、具現化したような痛みに貫かれた。
 そう思わせているものこそ、謙信の威光なのだ。相手を戦意喪失させる威圧とは、相手に死の直前を視させること。

「もぅ、まぢむり・・・」

 八つの刀に貫かれた正雄が意識を失う直前に見た光景は、謙信の腕の中に抱き付く亜衣子の喜ぶ姿だった。



 
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