夏の残暑は続くものの、夏祭りはひぐらしの鳴き声と供に終わっていく。
 今日もまた、町内では夏祭りが始まっていた。うちの夏祭りが他と違って遅いのは、名物である花火が他のどの県よりも輝かせたいという願いらしい。

「とはいうもののさ、花火の打ち上げにかかる高価な出資なんかよりも、祭りのうちあげにかかる高額な出費にお金をまわしてほしいものだよね?」

 綺麗な花火を打ち上げる花火師、それみて喜んでいる観客。
 ・・・それを見て盛り下がる、屋台のたこ焼き屋のバイトの俺、森田哲平―もりたてっぺい―。

 アルバイトとしてお金が欲しいけど、忙しいのはまっぴら御免。軽い気持ちでバイトに入ったにも関わらず、目の回る忙しさに汗で目の前がかすむ。

「おらっ、バイト!タコが焦げてるじゃねえか!しっかりまわせ!」
「へい・・・!」

 手首を返してタコ焼きの形を作ることを延々繰り返している。さすがに手が悲鳴をあげて痺れてきた。
 首も回らないのに、花火を背にしている俺からは花火の音しか聞こえません。

「花火、綺麗ね」
「・・・ごめん。お前に見惚れてて見えなかった」
「きゃっ♪」
「・・・(こういうカップル死んでくれねえかな)」

 花火を見る度に湧いてくるカップルに苛立ちながらも、よくよく聞けば聞き覚えのある声に顔をあげる。

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「善一―よしかず―!?」
「よっ、見に来てやったぜ」

 こいつは俺の友達だった芳賀善一―はがよしかず―。小学生以来から付き合いのある友達だったが、この夏から彼女、大内美樹―おおうちみき―と付き合いだし、俺との関係を終わりにしてリア充の仲間入りを果たした裏切り者である。

「な、なんにしましょ?(震え声」 
「なににする?」
「え~?どれにするか迷っちゃう~」

 たこ焼きに迷うほどの種類なんかねえよ。

「じゃあ二つ」
「はいよ」
「元祖でお願い」
「屋台に元祖も本家もねえよ!」 
 
 俺はいま危険な爆弾岩。堪忍袋に着火させるんじゃねえ!
 花火と一緒にリア充ども爆発しろ! 
 
「あ(りがとうございま)した!」
「・・・おまえも頑張れよ」

 なんだ、その俺を見て蔑んだ悲しそうな目は?おまえは上から庶民を見下す天上人かよ。 俺と絡まなくなっていい御身分になってるんじゃねえよ!
 善一がいなくなって、昂る感情。人混みの中に消えていくカップルの後ろ姿を横目に見ながら、目からしょっぱい汗が止まらなかった。

「悔しいいいいいぃぃぃ~~!!!」

 俺のメンタルは崩壊し、屋台の主人を放り捨ててその場を後にした。 もちろん、携帯の電源は切らせてもらう。仕事なんかもうやってられるか!
 渇いた喉と焼ける熱さから潤すため、俺は『飲み薬』を口に付けた。



 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 祭りのメインだけあり、始まれば二時間は夜空に華が咲く。
 巨大なキャンパスに描く華に一喜一憂する観客たち。・・・それだけ金をつぎ込んでいるのだから、綺麗じゃないと割に合わない!
 絶景な位置を取ろうと美樹の手を引く善一。人混みの中でも手を放さずに大きな一本松の下に飛び込んだ二人は舞い上がった花火を見て息を呑んだ。

「わあぁぁ~」

 美樹の歓声は、何物にも代えられない素晴らしい答えだった。
 完成された花火師の技術。それはまるで、人よりも短く、蝉よりも短く、生命の煌めきを表現していた。
 ――すぐ傍に死があるから、世界は美しいのだ。 

「綺麗だね」
「ああ。・・・また来年も見に行こうな」 
「うんっ!」

 善一にとって忘れられない、美樹の笑顔。浴衣姿に身を包む美樹に、目も心も奪われてしまう。
 生命の輝き。それは、新たな生命の誕生も意味しているわけで――。善一の頭の中に、よからぬ想いまで妄想してしまう。
 花火が一旦終わって、次の花火が打ちあがるまでの時間。少しの待ち時間が、善一にとってはとても長く感じてしまった。

「ひぅっ!?」

 その時、美樹が小さく悲鳴をあげた。ぶるぶると僅かに肩を震わせている。
 花火が終わると普段の気温が寒くなるように感じる。 肌寒くなったのかと思い、浴衣姿の美樹を案じる善一だったが、しばらくすると美樹の震えが収まっていった。

「おい、大丈夫か?」
「・・・・・・あぁ?」

 善一が気を使うと、美樹が鋭く善一を睨んでいた。びっくりした善一だったが、すぐに美樹は何事もなかったように笑顔を繕うと、屈託のない笑顔で「なんでもない」ことをアピールした。
 勘違いかと思った善一は、特に気にすることなく美樹と花火を交互に見た。しかし、花火が始まってすぐに、美樹がその場から移動し始めたのだ。

「おい、どこ行くんだ?」
「ちょっとトイレに。善一は見ていていいよ」
「お、おぅ・・・」

 突然、美樹は善一にも花火にも目をくれずにどっかに行ってしまった。
 簡易トイレは善一のすぐ傍にあるにも関わらず、美樹はそこを使わなかった。善一にとって、聞いていいのか悪いのか分からずに、消えて行ってしまった美樹にその後の自分を後悔することになる。
 あの時、美樹にトイレの場所を教えてやればよかった。
 自分もトイレに付いていけばよかった。
 花火に一瞬でも目を奪われなければよかった。
 自分がもっと押しが強ければと――。 


 ――その後、美樹は善一のもとに帰ってくることはなかった。


 
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