純粋とは矛盾色-Necronomicon rule book-

夢と希望をお届けする『エムシー販売店』経営者が描く腐敗の物語。 皆さまの秘めた『グレイヴ』が目覚めますことを心待ちにしております。

カテゴリ:グノーグレイヴ『挿げ替え・融合』 > 接着剤『くっつきにっくき接着剤』

「はぁ・・・はぁ・・・」

 体育倉庫を見渡せる教室に入った僕の目の前には、待っていたかのように魁人たち一行が立ち塞がっていた。
 険しい目つきをした魁人が僕に詰め寄る。

「ようやく見つけたぞ、阿久里。みんなを元に戻すんだ」

 入れ替わったことを理解できずに、平穏を望む声をあげる。魁人は変化を好まない人間だ。不変が幸福という考えはいつの世も同じ。平和こそ幸福と言う普遍性のない理論だ。
 それこそ既に衰退だということに気付かない。

「新鮮さを失ったきみ達が、これから一体何を楽しみに生きるんだい?常に変化を望まなければ面白くない」
「変わり過ぎよ!」

 香里(佐織)が叫ぶ。

「私は自分の身体を失って人生楽しみたくないわよ!人の生活を勝手に覗きこんで逆にこわいわよ」
「はは・・・。いい刺激になるじゃないか。誰かに見られている、そんな恐怖心を常に持ち続けることで少しは意識を変えていったらいいじゃないか?最近はみな堕落しすぎだ」
「ぐぅ・・・」

 大人に対するおいうちなのか、冴子(錬治)が小さく唸っていた。

「自分の身が持たない時が必ず来る。今まで溜めこんだ怒り、不満、不平を、誰かに分かってほしくなるじゃないか。人は誰かとくっつかなければ生きていけない!」
「一人じゃ淋しいってこと?うーん・・・、分からないことはないかな」

 佐織(琥珀)が僕の意見に賛同する。

「でも、それって誰かに伝えれば良いんじゃない?身体を貰えるのは嬉しいけど、それって相手も困ることじゃないかな?一方的な告白は、決まって振られたりするものなのよ」

 自分の身を分かっているのか、佐織(琥珀)はそう付けたした。賛同はするが味方でもないのだ、彼女は。

「僕たちは心が繋がっても、身体まで繋がる必要はあるのか?人が優しくできるのは、痛みを共感できるからだ。苦痛を味わうとすれば、誰だって悲観的になるだろう?」

 琥珀(琢人)が例としてあげるそれは、実に入れ替わりを否む理由を射抜いていた。人は優しいけど、一線は引いている。

 誰かと一つになることはできないが、誰かと一緒になることはできる。

 それが果たして偽善なのかと言われれば違うだろう。 
 他人を守るまえに、自分を守るための防衛手段だ。

「はやく元に戻して!」
「あるべき姿というものがあるんじゃ。ワシにはワシの、生徒には生徒の姿がある。それを見失ったら……名前だけじゃなく顔も覚えられなくなってしまう」

 冴子(錬治)が先生として、僕に諭す。錬治の姿をしている冴子は威厳のない顔で涙を滲ませていた。
 そこで気付いてしまった。

「なんだ。誰も賛同者はなしか・・・・・・」

 せっかく『接着剤』で入れ替えてあげたというのに、一時の喜びを得ても、ふと冷静になってしまえば、入れ替えは無しという烙印を押す。
 けっきょく僕は少数派。理解できても分かり合えることは難しいんだ。

「それがわかったのなら、早くみんなを元に戻せ」

 魁人が僕に近づく。


「――もう、遅いんだよ」


「――?!」
「っ?」
「えっ?」
「は?」
「はい?」
「なんです?」
「なんだと?」

 僕の一言で皆が同じ表情をしていた。思わず笑みがこぼれてしまった。夕焼け空が何時の間には日も暮れた闇の校舎になると、その言葉のもたらす雰囲気は一瞬で空気を変えていった。

「僕がただ入れ替えてただけだと思ってたの?僕がただ話をするだけだと思ってたの?違うよ。僕は、時間を待ってたんだ」
「時間?」
「そうさ。『接着剤』が固まるまでの時間をね。あれから一時間くらい経ったね。魁人の中にいる香里が全然出てこないけど、いったいどうしたんだろうね?」

 僕の言葉に魁人が慌てる。香里(佐織)も思わず息を飲んだ。

「香里!香里!出てこいよ!」

 一人二役をやっていた魁人が、今や既に独り言のように香里の名を叫んでいた。返事は勿論返ってこない。出てこられないのか、それとも本当に――魁人と混ざってしまったのだろうか。
 その答えを僕が導こう。

「いるじゃないか。きみが香里だよ、魁人」
「違う!俺は魁人だ!」
「きみが魁人なら人のためにここまでしようと果たして思っただろうか?」

 以前の魁人なら決して人のために行動を起こさなかった。自分さえよければと、スケートボードで賑やかに廊下を駆け走っていただろう。

「か、香里の声を聞いて――」
「――その時からすでに、香里ときみは混ざっていたんだよ。香里のようにきみ達もいずれ時間が経てばずっとそのままの姿だ。当然、僕は『接着剤』があるからいつでも入れ替えれるけどね」

 『接着剤』が固まるまでの小一時間。あと数分のリミットに泣き喚くもの、嘆くもの、叫ぶもの――様々な表情を魅せていた。
 無駄な会話など必要ない。強制的に身体を入れ替えた僕の思想が統べてだ。

「あんた!冗談言ってないで、香里を早く連れてきなさい!さもないと、本気で殴るわよ!」

 香里(佐織)はまるで自分の分身のように香里が未だ生きていると信じていた。身体が生きていているから精神も生きているという考えなのだろうか。

「佐織さんだよね?僕にもきみに機会をあげよう」
「機会?」
「そうさ。香里のままで過ごすか、それとも魁人と一段と距離を縮めるかの二択を選ばしてあげるよ。つまり、香里の身体を僕に譲るんだ。そうすれば琢人の身体を譲り渡そう」

 『接着剤』によってまるで神にでもなったように、高らかに宣言する。人身売買ならぬ心身バイバイ。
 僕も香里の身体が欲しかったんだ。これで無事に交換できれば佐織と僕は供に幸福になれる。
 供に好きな人とさらに距離を詰めることが出来るのだから。

「なに言ってるの……?そんなの、決まってるじゃない!誰が、アンタなんかに香里の身体を・・・」
「だからと言って、きみはずっと香里の姿で生きていくことになるよ?きみが好きだという魁人は、果たして香里の姿をしたきみを受け入れることが出来ると思うかい?」

 香里じゃなければいいのだ。魁人は金輪際、香里を想い続けていくだろう。佐織はもう一番に慣れないのだ。それで果たして女性でいることにメリットがあるのだろうか。

「――っ!」
「もしこれからも香里と魁人を想い慕っていくのなら、女性ではなく男性として生きることを僕はお勧めするよ。いや、それしか方法はない」
「あんたがしでかしたことでしょう!」
「当然、僕は二度と顔を出さないことを誓うよ。この学校とは違う、僕の意見に賛同してくれる人たちがいる場所を目指すよ」
「そんな勝手な――――!」

 香里(佐織)の手が震えていた。果たして自分を優先するのか、はたまた亡き親友を庇うのか、
 そんな瀬戸際の葛藤を見ていた僕は、怒りの中で目覚める私欲の表情を垣間見た。

「・・・・・・・・・・・・・いいわ」

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 僕はたまらずニヤけた。やはり佐織はこちら側の人間だった。
 僕はその返事を聞いたらすぐに行動に取り掛かった。佐織の魂と僕の魂を引き剥がして互いの身体に入れ替えると、僕は再び香里の身体に戻ることが出来た。

「ありがとう、佐織さん。これで僕も欲しいものは手に入れたんだ。香里のカラダ……やっぱりしっくりくるよ」

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 欲しいものを際限なく手に入れた僕に、皆が騒然としている。
 きっとここが境界線なのだろう。
 僕の想いが理解できる人がいるのなら、僕はいますぐきみの元へ飛んでいきたい。

「……阿久里くん。あなたが本当に好きだったのは、香里だったの……?」

 琢人(佐織)が最後に僕に問いかける。

「好きな人に迷惑をかけて、結局自分が良ければそれでよかったのね・・・」
「そう、これが僕だよ。そんな僕を理解してほしかった。他人に分かってほしかったという気持ちは変わらないと思うよ、佐織さん。ただ、僕の場合は――」

 絶えず変化を望みながら、一箇所に執着している僕の気持ちは――、
 既に僕の存在を霧散させている気がした。

「――叶わない恋だった」

 僕もまた、体育倉庫で眠るように死んでいたんだ。


 Fin

「こらぁ、貫木―つらぬき―!おまえはまた廊下でどうどうと煙草を吸うて!」
「うっさい!放課後にうだうだ言われたくない!」
「ここは学校だ!見つからないように吸えんのか、バカタレが!」

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 先生の千石錬治―せんごくとうじ―と貫木冴子―つらぬきさえこ―が喧嘩してる。喧嘩じゃないか、指導というのか。
 千石錬治も50歳過ぎているというのに威圧感は誰にも負けないくらい張りがある声だ。年をとるだけ口うるさくなるのだろうか。

「職員室で小一時間の説教タイムだ!」
「放して!私は帰るのよ!」
「いいか、怒られる側も辛いが、怒る側ももっと辛い!」

 先生側の立場の人はみなそう言うけど……、同情なんかできないよね。
 特に、「もっと」って部分が……その一言取りつけただけで絶対ウソだって思っちゃうよね。

「怒って教えて、すべて上から目線。本当に教師って楽な仕事よね」
「そういう態度も一緒に構成してやる!」
「手を出したらお母さんに言いつけてやる!あんたなんか黙って便所掃除でもしてればいいんだわ!」

 生徒と先生の間で交友関係を築こうなんてさすがに無理だ。
 特に僕たち高校生なんか、先生対生徒の光景なんて日常茶飯事だ。
 人の話を聞けって方が無理な話だ。今が一番楽しい時間なのに、それを抑えつけようだなんておかしな話だ。
 そう、僕たちの暴走を止められるはずがない。

「あの、先生」
「んおっ、里野?取り込み中だ、後にしろ」
「いえ、里野くんがなにか用があるんですって。私に構わずさっさと行って、ね?」

 冴子も冴子で早く逃げたいらしく、僕に先生を押しつけるようと必死に足掻いていた。

「僕から二人に言えることは、仲良くしてくださいってことです。互いの気持ちになって理解できるように僕が一つ提案してあげますよ」

「はぁ?」
「はあ!?なに言ってるんだ、里野?」

 二人が同時に顔を見合わせてすっ呆けた表情を同時に見せた。そんなにおかしなこと言ったかな?
 まぁ、いいや。

「お互いの魂をお互いの身体に入れ替えてあげます。これで万事解決です」

 僕は二人の身体に触れて魂を抜きとる。二人の魂が片手にそれぞれくっつき、僕の両手に付着した。

「うっ!?」
「ひうっ!」

 身体と切り離された魂を、相手の身体にそれぞれ移動させた。

 貫木さんには千石先生のカラダを、
 そして千石先生には貫木さんのカラダを。

 目を覚ました時にはお互いの身体を知ることになるだろう。
 これできっと思い知るだろう。
 僕の行動は間違いじゃなかったと――。

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 僕が次に訪れたのは体育館だ。
 そこでは一人黙々とバスケットボールをフリースローラインからシュートを打ち続けている里野琢人―りのたくと―の姿があった。
 まわりには誰もおらず、琢人だけなのは好都合だった。

「ん?・・・あれ、琥珀さん?珍しいね。体育館に来るなんて」

 突然の来客に琢人はシュートをやめてしまった。見られるのが恥ずかしいのだろうか。

「もっと打っていていいのに。わたし、見てみたいのになぁ」
「いや、あはは・・・ヘタクソだから残って練習してるんだよ」

 甘えたように言っただけで表情を赤くする琢人は分かりやすい。普段の様子からみて琢人は琥珀のことが好きだと感じていたのだ。
 バスケットに打ち込む真面目な人柄だが、はたして彼に好きな人の身体をプレゼントしたらどのような反応を示すのか・・・。

「ねえ、琢人」
「なに?」
「わたし、琢人みたいに背が大きかったらいいなって思ってたんだ」
「あはは、そうなの?小さい方が可愛いじゃん」
「わたし、逞しくなりたいの。琢人みたいに筋肉がついてほしいし、格好よくなりたいの」
「まるで男の様な考え方だ。意外だ」

 そりゃあ、普段は佐織にべったりで男性に興味がないんだから意外性なのは当然だ。

「だからわたし、琢人と身体を入れ替えたいなって」
「はっ?」

 琢人が素っ頓狂な声をあげた。目を丸くして何を言っているのか理解できていないようだ。

「だめ?」
「ダメって、身体って入れ替わるものなの?簡単に言うからてっきり『サラダ』かと思った」
「・・・・・・」

 なぜこの状況でサラダが出てくるのだろうか。常時持っているのだろうか、サラダボール・・・。


「私の身体、好きにしていいんだよ」


 空気が一瞬で元に戻る。
 琢人と身体を寄り添うだけで、琢人の心臓が高鳴っているのがわかった。
 胸を当てているので、どれだけ柔らかいかも教えている。
 男性がもしも女性の身体を貰えるという話を聞いたのなら、果たして拒むものがいるのだろうか?
 琢人が喉を鳴らした。

「ほ、本当なのか?」
「うん。目を閉じて・・・。一瞬で終わるよ」

 顔をあげて琢人と見つめると、琢人は決心したように目を閉じた。
 一瞬といった手前、僕は琢人と唇を交わして琢人の魂を繋いで入れ替わるようにして琥珀の身体に流していった。
 そして僕は今度は男性、琢人となって目を開けた。
 目の前にいたのは今までの僕。琥珀が目を開けて僕と目を見つめ合わせると、驚いたように身体を放した。

「うわあ!・・・はっ、・・・えっ……?」

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 琥珀(琢人)が自分の身に起こったことを確認しようと、琥珀の身体をマジマジと見つめている。男女問わず、誰でも最初はそうするのだろうか、冷静になろうと必死に状況を確認し、確認すればするほど興奮する入れ替わり――

「……琥珀さんになってる・・・おれ、琥珀さんになってるんだよな?」

 普段とは口調の違う琥珀の様子は面白い。

「そうだよ。私たち入れ替わっちゃったね」
「どういうことだよ、琥珀さん?いったい、どこでそんな力を……!ちゃんと返してくれるんだよな?」

 一時の楽しみを得たいために入れ替わったのか、それとも琥珀のおねがいを叶えるために入れ替わったのか、やはり琢人は建設的だ。最終的には男性に戻りたいと思うのだから。

「え~。返してほしいの?」
「そりゃあ……俺だって家族があるし。色々と不便だろ?せめて一日だけ身体を貸すよ」

 身体の貸し借りか、身体って貸し借りできるものなの?と、言いかけたけど先に笑いが込み上げてきたので言うタイミングを逃してしまった。

「わかったよ。じゃあこの身体借りていくね!うひゃあ~はやい!」

 走り込むと琢人の足は僕よりも早く、僕よりも体力がある。思わず喜んでしまった僕はそのまま体育館を後にした。
 残された琢人は僕の後ろ姿をどんな思いで見ていたのだろう。
 激しい後悔に苛まれているのだろうか?
 でもね、そんなことがあったとしても、
 その後には素晴らしい幸福が待っているから大丈夫だよ――

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「わたしが佐織ちゃんに・・・佐織ちゃんになってる……うふふ。こんなことってあるんだ」

 佐織(琥珀)が夢見心地で教室に入る。そこは普段誰にも使われていない教室だ。しかし、この教室は放課後になると演劇部の生徒が使うことになっており、演劇部の生徒が私物や衣装の道具を常に置いている教室になっていた。
 というのも、琥珀もまた演劇部の一人である。
 この教室の開かずの鍵も持っていれば、教室に置いてある衣装も管理しているただ一人の生徒である。
 なぜ一人で演劇部を発足できたかというのは、琥珀の裏事情がある……
 今は一人しか使われない教室で、佐織の身体を手に入れた琥珀が軽快に衣装選びに凝っていた。
 童顔の琥珀ではなく、大人っぽく見える佐織に似合う衣装を選ぶのもまた琥珀の役の見せどころであった。

「わたしが佐織ちゃんの衣装を選んでいると、なんだか佐織ちゃんの彼女になったみたい、キャッ♪って、違うか。わたしが佐織なんだもんね」

 彼氏でもなく、彼女でもない。佐織そのものになった琥珀。
 琥珀が佐織に惚れていたのは、佐織の女性っぽさに憧れていたからかもしれない。成長するには時間のかかる琥珀の身体を、一瞬で理想を手に入れた佐織の身体。
 そんな佐織の身体を着替えさせていくのは、同性であっても心が揺さ振られた。

 ――パサっと、フックを外したスカートが足から落ちた。
 普段から身に付けているスカートですら新鮮である。下を覗くとスラッとした長い足がストッキングでさらに引き締まって見える。
 余分なお肉が全くない佐織の足は、女性でも羨ましいほどの美脚であった。

「次は上ね、ウフフッ」

 嬉しそうにブレザーを肌蹴る佐織(琥珀)。ブレザーを脱ぎ薄着になっていくと、服の上からでも分かるほどに佐織の身体のラインが見えてくる。
 くびれているところは細く、出ているところは強調されたワイシャツが、汗に滲んで淡いピンクのブラジャーを透かせて見せていた。

「はぁ、佐織ちゃんの身体綺麗……この身体を好きにできると思っただけで私、もう最高……」

 感嘆のため息をつきながら、顔をほのかに赤く染めていく。身体の内側から熱くなった佐織(琥珀)はたまらずにワイシャツのボタンを外して、バッと大きく前を見開いた。
 綺麗なおへそとピンク色のブラジャーが大きく視線を注がれた。大勢の人に見られているような視線を浴びてたまらないエクスタシーを感じていた。

「佐織ちゃんの身体なら誰に見られてもはずかしくない立派なものを持っているもの。私の身体なら絶対出来ないけどね、テヘヘ・・」

 他人の身体だと人は大胆になるのだろうか、怖いもの知らずになった佐織(琥珀)は、度胸さえ持てば舞台に一人で立つことだってできる気がした。
 誰にも見せたことのない素顔を曝してくれる心境を、もっと見てみたいと、琥珀はようやく佐織の身につける衣装を選んだのだ。
 メイド服だった。

「体操服は見たことあるしね。佐織ちゃんが私より下手に出るところを見せてほしいな」

 と言う琥珀の願望をそのまま佐織に着こんでいく。
 頭から黒のシルクベルベット生地の上着を被って手を通す。寸分もちょうど良く、手直しする必要がなかった。上着と合わせたスカートを穿いて、靴まで上履きからメイド御用達の黒靴に履き替える。そして最後にアクセサリーとして重宝されるカチューシャとエプロンを付けて完成だ。

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「できた。メイドの佐織ちゃん……わたしの専属のメイドの完成です!」

 たった一人のメイドである。琥珀の言う事をすべて聞き、琥珀の思った通りに動いてくれるメイドの佐織を姿見の前で確認した。
 鏡に映った佐織を見て、琥珀は既に鼻を伸ばしていた。

「私は、琥珀さんのメイドでございます。なんなりとお申し付けください」

 佐織なら言わないであろう服従の言葉を琥珀自らが言うことで佐織は言ってくれるのだ。鏡の前で一礼までくわえると、まるで鏡の中の佐織が琥珀に対して本当に言っているように思えてくる。
 たった一人の観客―こはく―のために、佐織は喜ばせようとしているのだ。

「(じゃあ佐織ちゃん、わたしにキスをして)」
「かしこまりました。……チュ」

 鏡に映る自分と唇を合わせてキス音を響かせた。感じたのは冷たい鏡の感触だったが、佐織と唇を合わせた琥珀の心は急に燃えだしたように熱くなった。

「(アツイ……アツイよ、佐織ちゃん。わたしを涼しくさせて)」
「か、かしこまりました……うんしょ、うんしょ……」

 スカートの裾を持って仰ぎ始める佐織。スカートをバタバタと翻すので、スカートから覗く佐織の白いパンティーがちらりと覗く。
 逆効果だった。

「(はぅ……佐織ちゃん……もうダメ、たまらないよ……佐織ちゃんの下、見たいわ)
「し、下をですか?」
「(そうよ。佐織ちゃんはスカートを脱いでわたしにショーツをみせるのよ)
「は、はい……」

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 「かしこまりました」と、小声で漏らして、せっかく身に付けたスカートを脱ぎ始める。制服のスカートよりも長いメイドのスカートだが、同じようにフックを外すとゆっくりと地面に落ちていった。そして、メイド服とストッキングというアンバランスの格好の佐織が、恥じらいながら鏡の前に映っていた。

「(……綺麗、佐織ちゃん……)」
「ひんっ……はふっ・・」

 佐織の声で変な声が出てしまう。それくらい佐織(琥珀)の身体が興奮していたのだ。今すぐにでも佐織の身体に触りたいという衝動が抑えきれない。綺麗な女性に惹かれるのは男性だけじゃなく、女性も然りなのだ。

「(佐織ちゃん……)」
「はっ……」

 潤んだ瞳の佐織と鏡越しで目が合い、そして――

「(佐織ちゃんのオナニーをみせて)」

 震える声で頼む琥珀に応えるように、佐織は机に座ってオナニーを始めた。

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 倉庫まで戻った私は、香里(阿久里)を早速縄でぐるぐる巻きにして動けなくして、さらに猿轡にして喋らせなくしてようやく一息ついた。

「んーーんー?ふーーふふーー!!」

 騒ぎ立てる香里(阿久里)もそのはず、わたしを目の前にしてただで解放しようなんて思わないはず。迷惑を被った分だけいっぱいいじめてやるんだから。

「さて、まずは身体を元に戻させてもらうわよ。変な道具を見せなさい!」
「ふもっ!?」

 どこに隠したか分からない『接着剤』をしらみつぶしに探していく。ブレザーのポケットからスカートのポケット、はたまたありえないとは思いながらもブラジャーの中まで探し当てた。
 恥ずかしくないもん。自分の身体だもん。
 でも、対して香里(阿久里)の方が――

「――っふ・・・」

 噛み締めていたタオルから甘い声を漏らしていた。私の声でそんな声を出さないでほしいわ。

「ないわ。どこに隠したの!?」
「フー・・・フー……」

 顔を振って知らないととぼけてみせる。いったいなにがどうなっているのよ!最後の抵抗のつもりなのかしら。

「いい加減にしないと本気で怒るわよ!」
「……はぁほ、ふん……?」

 魁人くんが女性言葉を使っていることに流石に動揺しているのか、その表情からは受け入れがたい事実を目の当たりにしているようだ。
 国崎くんがしておきながらいったいどういう風の吹き回しだろうか、私には理解できなかった。

「・・・おい、湊」
「なによ?」

 様子をみていた魁人が私に声をかける。香里(阿久里)は一人二役で喋る魁人にさらに驚いていた。

「なんか様子がおかしくないか?」
「おかしいってどこが?」
「ぜんぶ」
「そりゃあ私の中に入ってるんだから違和感あるのは当然よ」
「いや、そうじゃなくって。――こいつ本当に阿久里か?」

 魁人くんが呟いた一言に、私はつい我に帰ってしまった。
 魁人くんが香里の猿轡を剥がして口を自由にさせると、「天野くん!」と泣いてすがる私の訴えが木霊した。

「阿久里が俺のこと天野と呼ぶことはしないけど、万が一ってことっもある。俺はまだおまえを疑っている。これから一つずつ質問するから偽りなく応えること、いいな?」

 魁人が香里の顔を真顔でみつめる。香里が顔を真っ赤にしてコクリと頷いた。

「おまえ、誰だ?」
「・・・さ、佐織……。――渚佐織」
「佐織!?」

 なんで佐織の名前が私の口から出てくるの?それに、阿久里くんはどこ?そういえばさっき、佐織がいたきがするけど・・・・・・えっ、まっ・・・まさか……そんなまさか――!

「本当か?」
「香里に変な薬付けられて、一瞬意識がなくなったと思ったら、私の顔がめのまえにあって・・・なにがなんだかわからないまま、天田くんにここまで連れてこられたの」

 香里(佐織)が事の経緯を緊張した面持ちで語る。確かに今の状況を説明するものとして十分説得力のある説明だ。阿久里がわたし達から逃げ切る為に、『接着剤』でまた誰かにくっついたとする方がいまは十分説得力がある。

「じゃあ、渚さんも被害者か」
「被害者って、天田くんもひょっとして……」
「ああ。俺の中にいま香里がいる。俺が時たま奇怪な声をあげるのはそのせいだ」
「誰が奇怪な声よ!」

 確かに男の子の声は女の子の声より随分低い。普段の声を出しているつもりがなんだか声が出せなくてとても苦しくて息がつまりそうだけど……奇怪な声って酷くない?

「そう、なんだ……香里がいるんだ……」

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 香里(佐織)が魁人くんの中にいる私を凝視するように見つめてくる。ときおり睨んでいるようにも思える視線が少し怖い。

「あいつ、いったいなにを考えてるんだ?・・・いや、何も考えていないからこんな行為ができるんだ!」

 魁人くんがせっかく縛った香里(佐織)を解放する。
 自分のために行動するから後先考えずに逃げ回る阿久里。それはつまり暴走だ。 いまの阿久里は一体何をしでかすか誰にも分からない。
 早く手を打たなければ誰にも止められなくなってしまう――

「急ぐぞ!一刻も早く佐織(阿久里)を見つけ出すんだ!」
「うん」

 余計な時間を過ごしたこの時間がとても惜しい。
 目の前にいた佐織を自ら見失ってしまった代償はあまりにも大きかったことに、わたし達は後々気付くことになる。

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 スケボーで飛んで帰ってきた私と魁人くんは、虱潰しに阿久里くんを探していた。

「阿久里はどこだ?」
「そんなの、わかんないけど」
「帰ったんじゃねえのか?」
「その可能性もあるけど・・・」

 苛立ちを隠せないのもわかるけど、私も何も言えない。阿久里くんが何処にいるかなんてわからないもん・・・。

「探してみないとわかんないか」
「うん」

 今は阿久里くんか、もしくは私の身体を見つけるのが先決。
 私の身体を連れて遠くまで行けないはず。きっと誰かが見ているはずと、私たちは目撃証言も聞きながら行方を探した。

「あっ!」
「どうした?」

 私が声をあげたことで魁人くんが立ち止まった。私の視界に、知人が現れたのだ。

「佐織!!」
「(お、おい!)」

 渚佐織だ。私の親友だ。居ても経っても居られなくなった私は魁人くんのお身体を借りて佐織の元へ一目散に走っていた。

「佐織ーーーー!!!」
「えっ?」

 私が佐織に抱きつくと、佐織が今まであげたことのない奇声をあげていた。

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「会いたかったよ、佐織!助けてよー!」
「ちょっ、ちょっと、待って!いったい・・・きゃあぁああぁぁ!」
「(俺の声で女言葉使うんじゃねえええええ!!)」

 私は我を忘れていた。
 そうだった。今は魁人くんの身体なんだ。私が抱きついたってことか、魁人くんが佐織に抱きついているんだ。
 それはイヤだったので慌てて佐織から身体を放した。
 佐織も顔を真っ赤にしていた。

「あ、天田くん……?」
「あっ・・・その・・・ごめんね・・・ごめんな!」
「えっ、うん・・・大丈夫よ・・・」

 大丈夫と言いながら言葉を濁す佐織との無言の間が流れた。
 私が魁人くんの真似をするのは難しいよ。

「(魁人くん!この状況を佐織に説明してよ~!)」
「(今ので俺が出られなくなった。なんとか言葉を繋げ!)」
「(そんな~!!)」

 泣きそうになりながらも魁人くんのフリをして佐織に話しかける。

「あ・・・あ・・・佐織、元気?」
「(俺は名前で呼んだことないだろ!?)」
「(そんなこと言ったって、言い慣れちゃってるんだもん!今更名字で呼ぶことの方が難しいよ~)」

 ダメ出しを受けて涙を滲ませる私に、佐織の方から声を掛けてきてくれた。

「天田くん、助けてって、なんかあったの?」

 佐織が魁人くんの身を案じて聞き返してくれた。

「そ、そうなんだよ~・・・そうなんだ。ちょっと手を貸してくれないか?」
「どうしたの?」
「国崎くん知らない?」
「国崎くん?」

 佐織が国崎くんを見ているようだったら助かる。見ていないと言われたら私を見ていないかと聞き返す。
 佐織は図書館から出てきたから校庭と体育館が見える場所にいたと思う。最低でも外に出ていったかどうかが聞ければ最高だ。それだけで十分範囲が狭まる。
 もっとも見ていないと答えられたらそれまでだけど――

「国崎くんなら、香里につれられて体育倉庫に――」
「ほんと!?ありがとう!!」

 まさかのビンゴ!よかった。これで戻れる!

「あっ、ちょっと――!天田くん!」

 佐織の言葉を無視して私は一目散に駆けだす。

「(いいのかよ、佐織、何か言おうとしてたぞ?)」
「よくはないけど、話は後で出来るでしょう?とりあえず、戻ることを最優先に考えないと」
「(そうだけどな……)」

 正直言うと、佐織と話したのは久しぶりだった。
 冒頭の話はあながち間違っていない。佐織と私は魁人くんを同時に好きになった好敵手同士。そこからぎすぎすした関係は続いていて、今もあんまり仲良くない。
 魁人くんじゃなかったら、ひょっとしたら今も佐織と話すことが出来なかったと思う。
 他人の身体ならいいのにと思うときがあるけど、それで本当に救われるとは思わなかった。

「それにしても魁人くんって足早いね。スケボー使わなくても十分体力あるし♪」
「(はぁ?好きで走りたくないだろ?)」

 それくらいの体力を持っているのにあえて使わないなんて、消極的すぎるよ、魁人くん。


「私も男の子なら良かったのにな。そしたら魁人くんと夜まで遊んでいられるのに」


 ぼそりと漏らした私の言葉に魁人くんは黙ってしまった。
 男性と女性だから深く付き合えるのかもしれないけど、私はそれだったら誰の目も疑われることもなく男性同士で遊びに行きたい。
 そうすれば、佐織との親友関係も傷つくこともなかったのにな……

「(……いいこと何もないぜ?男性なんて)」

 魁人くんは男性になることに否定的だ。でもきっと私も誰かが女性になりたいと言ったら否定すると思う。
 権力は持てないし、力もないし、出来ないことだらけだし――
 女性が魅力的だっていう男性がいたら、きっとこういうんだろうな。


「(――女性になってナニがしたいの?)」

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 目が覚めた私は、教室で意識を取り戻す。

「わたし、あれからどうしたんだっけ・・・?」

 あれ?声がなんだかおかしい。痰が絡んでいるように低い声を出していた。
 耳がおかしいと思ってもう一回咳をすると、やっぱり声がおかしかった。そんなことよりもやけに身体が大きく思えた。
 私服を着ているその格好に私はひどく違和感を覚えた。
 どこでいつ着替えたのかも覚えていない派手な色した服は男性ものに思える。それは私の着ているズボンのデザインが格好よく見えたからで――

「この格好・・・えっ・・・!?」

 私はその服と背格好から、次第に意識を失う前の出来事が鮮明に思い出された。

 そうだ。私は、私の魂は、国崎くんに掴まれて魁人くんの中に入って――

 そのことを鮮明に映すように、私が振り向いた窓ガラスに、天田魁人くんの姿が映っていた。
 普段なら映っていなければいけないのは私―香里―のはずなのに、男性の魁人くんが映っているのだ。
 私が振り向いて魁人くんが気付く。私が見つめると魁人くんが私を見つめてくれる。 その行動が同時に重なり、まるで両想いのように意志疎通が取れていた。
 
「魁人くん・・・わたし、魁人くんになってる・・・キャッ♪」

 思わぬ偶然で訪れた状況に陶酔してしまう。しかし、急に現実に連れてこられて我に返る。

「えっ?じゃあ私の身体はどこ?」

 そう、教室には私しかいなかった。私の身体はどこにもなく、国崎くんの姿ももちろんいない。

「・・・国崎くん!どこにいった、のぅ?」

 慌てて教室を飛び出そうとした私に、急に身体が重くなる。足が急ブレーキをかける様に踏みとどまると――、

「だれだ、おまえ!」

 私と同じ口からもう一人の怒声が迸った。私よりも男性口調の似合う人物から、きっとこの身体の持ち主の魁人くんだと私は思った。

「魁人くん、なの?」
「・・・香里か?」
「うん。そう」

 傍から見れば一人二役のように表情を変える魁人くん。私は傍から見てみたかったけど当事者だったから、今はその気持ちを落ち着かせるしかなかった。

「どういうことだよ?」
「どういうことって、私にもわからないよ~!阿久里くんにつられて魁人くんに告白したまでは覚えてるんだけど・・・そこからよく覚えてないの」
「・・・」
「私に返事くれた?」
「してない」

 素っ気なく魁人くんが答えた。この状況に驚いているのか、魁人くんは口数が少なかった。

「ねえ、私の身体知らない?阿久里くん、どこに持っていったのか探してほしいの!」

 今の魁人くんの身体は私より魁人くんに主導権があるみたい。どうやっても私の方からじゃ魁人くんの身体が動かせなくなっていた。どうやら身体は持ち主が優先されるみたい。当たり前と言えば当たり前のような気がするかも。
 だから私は魁人くんにお願いをした。魁人くんの力を借りてまずは自分の身体を取り戻さなければいけなかった。

「(魁人くんと一緒に自分の身体を探せる・・・きゃ♪)」

 私の心が先に疼いていた。何故だろう。身体が不安なのもあるけど、それよりもやっぱり魁人くんと一緒になれてワクワクしている私がいた。好きな人と一緒になるって怖いけど、それと同じくらい楽しい。
 魁人くんもそう思ってくれれば良い、この事件がそんなきっかけになればいいなとこの時は思っていた。
 ところが、魁人くんは踵を返すと、スケボーを床(廊下)に置いて滑り始めたのだ。

「帰る」

 魁人くんが出した結論に私はびっくりした。

「帰るって、ちょっと――!?」
「そういう面倒なのキライなんだ。まったく、なんで俺がこんな目に」

 魁人くんが怒り気味な返事をした。傍から見ていた魁人くんと、実際話してみた印象はだいぶ違う。魁人くんは私を押し込めるようにスケボーで軽快に走りだすと、学校を飛び出して行ってしまう。

「(ちょっと、それって酷くない?私の身体がなくなってるんだよ?)」

 慌てふためく私が耳ざわりなのか、魁人くんがスケボーのバランスをとりながらも私に話しかけてくる。

「香里だって、俺に告白しなければこんな目に合わなかっただろう?」
「(――っ!)」

 それはとても冷たい言葉だった。

「告白なんてして、結局これで俺が断ったら、どうするの?身体もなくなって凄く落ち込んでいるところにさらに落ち込ませるじゃないか。この状況、愉しんでない?」

 魁人くんの言葉が私をさらに夢見心地から突き落とす。やっぱり身体がなくなったということは、今の私が考えている以上に魁人くんの考えている方がより深い。
 自分の身体にもう一人の魂が入るっていうのは、気持ち悪いよね・・・?
 居心地悪くて、最悪な心境なんだよね・・・?
 わたしはそんな魁人くんの気持ちを知らずに、おこがましく付き合ってほしいって言ってたと思う。
 反省しよう――

「(そんなことない・・・)」

 でも・・・今の私には、魁人君しかいないから――

「(身体がなくなったとか、魁人くんと一緒になれたとか、関係ない。私の想いを伝えたかったの。断られても良いの。振っても大丈夫。私、誰よりも魁人くんに好きだよって伝えたかった)」

 頼りにしたい。
 魁人くんに甘えたい。
 そうしなければ、今の私は本当は泣いちゃうくらい脆いから。

「――――」

 スケボーを滑っていた魁人くんが急に口を閉ざしたと思うと、反転してスケボーを降りた。そして、いま学校から来た道を今度は足を使って地面を蹴ってスケボーを上らせていた。

「わかったよ」

 魁人くんの言葉に私は表情を明るくする。

「このままじゃお風呂にも入れないし、身体探してやる」
「(本当?ありがとう~♪)」

 私の声を聞いて、魁人くんが珍しく顔を赤らめていた。

「国崎を探せばいいんだな」
「(うん。きっと何か知ってるはずだから)」

 時刻は夕刻、下校する生徒たちもいる中で、私と魁人くんは学校へと翻した。

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「佐織―さおり―とは長い付き合いで、もう十年来になるのかな?」

 湊香里―みなとかおり―は渚佐織―なぎささおり―のことを僕に話す。

「保育園から一緒だったし、幼馴染ってこともあるから佐織のことは何でも知ってるけど・・・知り過ぎるって言うのはたまに辛いことでもあるわ。……私気付いちゃったのよ。好きな人がね、同じ人だってこと――。天田魁人―あまだかいと―くんいるでしょ?その人なのよ。私たちが好きになったのは」

 一瞬、自分じゃなかったことにショックを受ける。
 天田魁人……。これといって取り柄があるわけでもない。クラスの中心にいるタイプでもなければクラスに孤立しているメンバーでもない。
 別の輪で小さいながらも学園生活を楽しんでいる生徒だ。そんな魁人を、佐織も香里も遠巻きに見ていたというのだろうか。

「……不思議でしょう?ずっと一緒だったわけでもない。高校生になって初めて知った人を同じタイミングで好きになるって。思春期だからかな。はぁ・・・お互いの気持ちがわかっちゃうと今までの関係が崩れるのがみえて……イヤ……」

 親友を取るか、恋方を取るかを悩む香里。椅子座り呆ける。
 しかし、今最も抱いている悩みは別のものだった。

「……で、なんで私がナレーション口調でアンタに語ってるのよ?」

 ジロリと僕を見る目が痛い。ナンデと言われても、そうしてほしいと頼んだからだよ?

「もうちょっと前後をくっつけてから始めなさいよね。これじゃあなにもわからないでしょう?なにごともはじめが肝心なのに・・・」

 ひょっとして、僕ときみの物語の始まりがお気に召しませんでしたか?

「べつに、そんなんじゃないけど・・・」

 ものすごい表情が気に入らなかったと言っている。私の演出にケチを付けるなんてヒドイや――

「言いたいことがあるならはっきりどうぞ、国崎阿久里―くにざきあぐり―くん」
「いいえ、滅相もありません!」

 僕は小さな身長をでっかく見せながら言った。
 胸を張る僕の姿を見て、香里はさらに溜め息をついた。

「で、モノは相談なんだけど……」
 
 僕に対して香里はようやく本題に入れるという表情を浮かべていた。

「私に魁人くん紹介して♪」
「さっきまでの台詞を一瞬で無意味にさせましたね!」

 言ってることがめちゃくちゃだ。
 親友を取るか、それとも恋方を取るかで悩むことなく、一択で恋方をとりやがった!

 悲しき、親友との絆。もろい、儚い・・・

「自分で言わせた台詞じゃない」
「そこまで暴露しなくていいよ!」

 僕は一人で黄昏てればいいんです、言ってしまえば、香里はこれくらいサバサバした性格なのである。
 猫を被っても自分から破ってしまうぐらいの行動派なのだ。

「そのために僕を呼んだんでしょう?分かってるよ。それくらい朝飯前だよ」
「さすが~。話が分かる♪」

 それは、魁人と親友でいつも小さな輪の中に入っている俺に声を掛ける人がいるとすれば、大抵が僕じゃなく、「魁人を紹介して」という仲介役だもの。
 今回の香里もその話だ。
 僕にとって面白くないとはいえ、クラスの女子から声を掛けてくるというのは初めてだ。
 クラスの女子の誰もいかなくても魁人を見ていた女子の多いことはよく知っていた。香里が遂に動き出したということはこれで均衡状態が崩れたのだろう。果たして香里の行動から佐織が次にどう動くかは見物だ。
 とはいえ、僕は僕で――

「悦んで、キューピット役をお受けいたします!」

 ――『接着剤』を持った悪魔の笑みを浮かべているのである。
 

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