純粋とは矛盾色-Necronomicon rule book-

夢と希望をお届けする『エムシー販売店』経営者が描く腐敗の物語。 皆さまの秘めた『グレイヴ』が目覚めますことを心待ちにしております。

カテゴリ:グノーグレイヴ『スライム・寄生』 > 柔軟剤『スライムオ、ヤルオ』

 ストレッチで時間が過ぎるが、詩音はなかなか現れなかった。
 身体のほぐれが再び硬くなりかけた頃、扉が開き詩音が現れた。

「来た!」

 詩音に続き、詩音のメンバーが扉の奥から顔を覗かせた。いったい誰を連れてきたのか気になったメンバーは敵のメンバーを見て唖然とした。

「あれっ?」

 それは、先程まで戦った相手チームの主力メンバーだった。服装も戦った時のまま、黒で揃えたチーム名入りの運動着を着用していた。
 その中で一人だけ浮いている詩音だ。しかし、詩音は逆に明るくメンバーに微笑みかけた。

「お待たせ!」

 詩音と闘うことは分かっていたが、まさかもう一度敵チームと闘うことになるとは思わなかった。

「よく懐柔できたわね」
「うふふっ」

 詩音が怪しい笑い声を出す。そうしてチーム全体に聞かせるように大きな声を出した。

「みんな!さっき負けた雪辱を今こそ晴らすのよ!」


「「「ハイ、詩音さま!!」」」


 ピタッと言葉が揃っている。

「すごい統率力ね」

 感心してしまう梢。しかし、千里はその統一感に妙な違和感を覚えた。練習するように全員で跳ね、全員で準備体操を始める。
 規律を崩さず、動きがバラバラになることがない。同じ感覚でピタッと同じ動作をする。チーム一丸というよりむしろチーム一体である。

「・・・ちがう」

 その違和感の正体に気付く。

「詩音。きみはまさか――!」

 詩音が不敵に笑った。くるりと振り返った敵チームが、みな詩音と同じ表情を浮かべていた。

「それ以上言わなくてもいいわよ」
「あなたの想像通り」
「私たちのお身体は――」
「「「ぜんぶ、詩音さまに操られています」」」

 詩音の台詞を梯子リレーのように紡ぐ敵チーム。
 詩音の言葉通り、敵チームは詩音に身体を操られていた。続きを読む

「負けたぁ……」
「お疲れ」
「お風呂にでもいって汗流そう」
「賛成」

 相手チームが帰り、仲間も帰りの支度を始める。

「あれ?小金井さん、倉田さんは帰らないの?」
「うん。もうちょっといるよ」
「そう、じゃあ鍵をお願いね」

 体育館の鍵を渡される。そうして仲間も体育館を後にし、場内が静まりかえった。

「帰ったね」
「うん、みんな行った」

 梢と薫が同じ顔でニンマリと笑う。そして、正面ゲートではなく、左右のゲートが同時に開いた。

「ようやく終わったんだね」
「ただいまぁ」

 宏美と真美が帰ってくる。そして、千里の姿も目に入ってきた。
 颯太は今、真美の中に意識を集めていた。状況を知らないせいで、薫が残っていることや梢の言うとおりに千里が残っていることに驚きながらも、メンバーがそろう事に喜びを感じていた。

「残ったメンバーが詩音と相手してくれるってことでいいのかな、梢ちゃん?」
「そういうことね」
「ありがとう。梢ちゃん!本当に千里さんが残ってくれるとは思わなかった!」

 あくまで真美の口調で話をしているが、ネタはあがっているかのように千里は真美を見てくすりと笑った。

「おまえ、まだ気付いてないのか?」
「えっ?」

 真美が目を丸くする。逸らす様に顔を背くと、笑っている薫と目があった。

「くすっ。ねえ、颯太くん?」

 颯太がドキッとする。

「な、なんで、ぼくの名前を?」
「そんなの知ってて当然だ」


『私たちはあなただもの』


 顔を見合わせて言葉をそろえるメンバー。

「えっ?え?えっ?」
「つまりね――」

 スライム化による分裂、仲間の呼び合い。記憶の読みこみまで颯太に教える。『粉薬』を進んで飲んだわけじゃない颯太にとって、今だ理解していない部分もあったようで、ようやく颯太本人も理解できたようだ。
 つまり、今残っているメンバーには、颯太の分裂した水分が入っており、颯太のことを一番に考えて行動する。仲間であり、同士であり、颯太本人である。

「そうなんだ。ぼくの記憶があるんだ。じゃあ、もう誰の真似しなくてもいいんだ。ばれたら叱られると思って大変だったんだよ」
「だから隠れてたんだよね、颯太くん?って、自分で颯太くんって言うと違和感あるんだよね」
「あんたは私たちの後ろにでも隠れてなさいよ。あんたの代わりに戦ってあげるから……うん、分かったよ。姉ちゃん……って!私の口を使わないでよ!」

 どうやら意識を向けると主体を変えられるようだ。スライムで相手を自由に支配できる。まるで監督になった気分だ。彼女たちのポジションを采配し試合で存分に力を発揮させる。これなら詩音との試合は勝てそうな気がした。

「待って」

 そう安直に考えていた颯太に待ったの声がかかった。千里がメンバーの数を数えていた。

「一人少なくないか?」

 バレーは基本6人でやる競技だ。今残っているメンバーは……梢、真美、宏美、薫、千里……。


『あ』


 5人しか、いない……

「あんた、他に誰も呼んでないの!?」
「うん。バレーって、5人でやるんじゃないの?」
「馬鹿あ!!6人でしょうが!!」
「記憶を読むなら、これからやるバレーのルールくらい読みなさいよ!」
「そんなこといったって――」
「でも、どうするの?みんな本当に帰っちゃったんじゃないの?」
「いっそ、誰でもいいからここに連れてきちゃう?」
「…………」

 マズイ、詩音が来たら試合が始まっちゃう。
 と、ここで再び体育館の扉が開いた。続きを読む

 千里となって遊んでいる間、試合は一変していた。
 相手チームの2セット連続で入手により、試合は再び均衡していた。
 千里の身長は攻撃だけじゃなく防御でも活躍していた。スマッシュやブロックで得点を重ねていた千里を失い、相手に大きく流れを持っていかれていた。
 つまり、2セットは大敗したのだ。

「綾里さんはどこにいったの?」
「わかりません。今探しに行ってます」
「監督!交代しましょう」
「……っ!」
「綾里さんや七海さんがいなくても、まだ動ける人はいます。勝ちに行くなら、せめて小金井さんは下がらせるべきです。彼女はまだ子供です。運動が出来たとしても、やっぱり成人には勝てません。狙われているじゃないですか!?」
「そうした方がいいかもしれないわね……」

 監督やベンチが慌て始めていたのが目に見えた。勝負は勝たなくては意味がないのだ。

(千里はどこに行ったの!?応答しなさいよ、もう!)

 戦いながらも梢も必死に呼びかけているが全く返事をしない。スライム同士呼びかけることができるはずなのに千里は一切応答しなかった。
 試合に出ている以上、梢は動けない。宏美や真美と連絡を取りたくても梢がスライムに感染していることに気付いていないので、呼びかけに応えるかは千里より確率が低いだろう。
 だとしたらこの試合、今いるメンバーでやるしかない。梢は一人で拳を震わしている薫の元へ近寄った。
 彼女が悔しがっている姿を見るのは、颯太も初めてだった。
 スポーツで負けなしの彼女が完膚無きにやられている。薫のプライドも傷ついているであろう。しかし、それはそのはず。陸上のように個人種目ではない。バレーは団体戦だ。6人の力が合わさらないと相手に勝つことができない。個人プレーに走るのではなく、互いを高め合わなくてはいけないのだ。
 それが出来ない薫。だからこそ狙われているのだ。

「小金井さん――」
「……わかってるわよ!狙われてるって言いたいんでしょう!?」

 既にケンカ腰のように口調を強めている薫。薫が出場してから2セット奪われているのだ。普段の強気とは違い、まるで泣きたいのを我慢しているかのように聞こえた。
 しかし、それを梢は口にしない。本人が一番分かっていることだから。
 相手は決してうまくはない、運動量もさほど多くない。ただ、チームプレーが上手いのだ。
 味方をフォローし疲れを軽減させ、盛り上げることで活気を見せる。
 今のチームには絶望の色が見える。声をかけることができない。負けが濃くなっていく。 
 最終セットは15点マッチだ。相手が10点を刻んだ時に6点しか入っていない。
 とても大きな点差である。
 前衛をしているのに前衛が機能しない。薫には痛いほど分かっていた。

「…………運動ができても……技術や身長が追い付かないなんて……くやしいなぁ……」
「小金井さん……」

 彼女の口から聞く敗北の音。顔を俯き、視線を逸らして目を合わそうとしない。
 弱気。いつもの彼女とはまるで違う、悲しみの表情――。

「――小金井さんは、絶対に負けないよ」

 梢は薫に声をかける。

「なんでそんな簡単に言うのよ?」
「小金井さんは人一倍努力家だし、一人で静かに練習してるのをぼくは知ってる。そのことを忘れて弱気になってるのなら、ぼくが思い出させてあげる!普段の強気を取り戻せば絶対に勝てる!
――勝ちを切り開くのは、自信と勇気だ!!」
「…………」
「あ……」

(しまった。また、またやっちゃった……)

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 流石に二度目はマズイ。薫の丸くなっていた目が鋭く睨んでいるように思えた。

「あ、ちがうの!これは、颯太がそういう話を家でするから、つい口から出ちゃって!」
「なにも知らないで、そういうこと言わないでよ!!」

 誤魔化して笑いかけた梢に薫は怒鳴った。場内は騒然とし、仲間割れかと相手に笑みがこぼれた。

「ご、ごめんなさい」

 悪かったと謝る梢。薫はなにも言わずにフロントライト―自分のポジション―に戻る。黙ってセンターに戻った梢。しかし、

「ドキッとしたじゃない。ほんとうに……姉弟そっくり……」

 ボソッと呟いた声に視線を向けると、薫は耳まで真っ赤になっていたことに気付いた。
 それはきっと運動をしたせいじゃない。薫はきっと、颯太のことが――
 梢がクスッと笑った。

「颯太は見てるよ。小金井さんの活躍を」
「っ!颯太くん――!」

 びっくりしたように薫が顔を上げた。颯太の姿を探す暇もなく相手からボールが放たれる。
 ――ボールを見つめる薫の視線は、キッと普段の強気の目線に戻っていた。 
 サーブをレシーブし、梢がトスをあげると薫が跳躍した。

 ――この試合で一番綺麗に弧を描いた線で放たれたスパイクが、相手のコートに突き刺さった。

 長く険しい時間が過ぎ去った。

「……負けたくない。……負けられない!颯太くんの目の前で、負けた姿なんか見せられない!」
「小金井さん――!!」

 仲間が薫をフォローするように、相手のスパイクを拾い、トスを上げる。無理な体勢からでも薫はスパイクへと繋ぎ、点数を重ねていった。
 見た目はがむしゃらである。千里よりも荒いスパイクだ。しかし、薫の原石は素晴らしい輝きを持っていた。

「監督!小金井さん、見違える動きをしてますね」
「これが若さ……。私も勘が鈍ったわね」

 先にマッチポイントを取ったのは梢たちだった。そして、薫が最後バックアタックを決めて勝敗は決した。
 勝ったのだ。

「やった……勝った……!」
「小金井さん!」

 試合が終わり茫然としている薫に梢が真っ先に駆け寄る。勝利の余韻を味わっている内に、薫の眼からは涙が込み上げてくる。

「私……、勝てた!みんなと一緒に勝てた……」

 個人プレーで勝利してきた薫にとって、チームプレーでの勝利は他とは比べ物にならないくらい嬉しいものだろう。

「うんっ……うんっ!小金井さんにとってのこの一勝は、今までよりも全然大きい、価値のある一勝だよ」
「――――うん!」

 抱き合う梢と薫。遅れて仲間が薫を背中から抱き締める。
 勝利と供に仲間と供に笑う薫が、梢にはとても微笑ましく見えた。

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 倉田梢が試合に入り、白熱した2ゲームめが始まる。20対20のポイントでどちらが先に均衡を破るかで場内が盛り上がる。
 梢は作戦タイムの間、監督のアドバイスを聞きながら身体が十分に温かくなり、手の平に籠る熱を味わうように、広げたり閉じたりして握る感覚を確かめていた。

「よし、もう十分に身体が動かせるようになってきた……」

 独り言のように呟いた梢。しかし、その表情は梢が今まで見せたことのないような腹黒い笑みだった。

「姉ちゃんの身体はぼくが一番うまく扱えるんだ――!」
「ハイ!」

 トスが上がり、梢の上空にボールが舞う。落ちてくるタイミングに合わせて梢はタイミングを合わせて跳躍し、ネットを越えた高さでスパイクを決める。
 相手のブロックの上から叩きこまれたボールは体育館の床に勢いよく叩きつけられ、貴重な一点をもぎとった。

「1点!」

 笛が吹かれて点数が加算され、仲間で手を叩いて喜ぶと、梢はサーブを打つ準備をする。

「軽い。それにバネのある筋肉。お姉ちゃんの小さな身体でも十分にやりあえる――」

 自分のことを「お姉ちゃん」と呼ぶ。まるで、今も颯太が梢の中に入っているかのような仕草を時折見せる。
 でも、それは違う。

 ――ボールが空中に舞いあげる。

「お姉ちゃんの運動力と、ぼくの行動力があれば――」

 ――梢の身体をボールの真下へ移動するように駆け走る。

「――絶対に負けない!」

 ――バシン!

 ジャンプサーブが決まり、梢が連続ポイントを取る。

「すごい!倉田さん」

 仲間からの声援もあがる。連続ポイントにより均衡は破られた。
 梢は再びサーブを打つ準備を始める。

 今の梢は間違いなく倉田梢である。しかし、颯太の記憶も混じったせいで、梢の性格に颯太の思考が紛れ込んでしまったのだ。そのせいで、颯太よりも強気の梢の性格が現れたのだ。
 詩音との試合の為なら、颯太では考えつかない様な手段を使ってでも仲間に引き込む。

「私に任せればいいのよ。説得なんかしないで、綾里さんもこっち側に連れてくればいいのよ」

 ボールを弾ませながらもちらっと綾里千里に目を向ける。
 仲間を信頼しているからか、それとも試合に集中しているからか、まさか背後から狙われているとは夢にも思っていないだろう。

「あと3点。1セット取ったら……くすっ」

 ボールが再び舞いあがる。梢は再び宙に舞った。
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「あっ、あっ……。わたし、七瀬真美。でも、中身は颯太なんだけどね!……よし、口調も何とかなりそうなのだ!」

 真美の真似はお姉ちゃんよりも楽に思える。真美の気楽な性格はぼくと合っているからなのか、普通に喋ると真美の口調になってしまう感じだ。
 お姉ちゃんから真美に移ったことはぼくにとってメリットが大きかった。一つは真美の体力は梢よりもあった。身体は疼いていてもまだ体力は十分ある。これから試合が始まるまで仲間を集めなくちゃいけないので、少しでも体力は多い方がいいと思った。これからは真美を軸にして動くことにしよう。
 それに、そろそろお姉ちゃんを戻した方が良いと思っていたところだ。ぼくは二度スライムに戻ってみたが、お姉ちゃんが自分の身体に戻ることはなく、皮だけになってしまった姿を見て、ぼくと同化しかけているのがわかったからだ。
 だから、手遅れになる前にそろそろ戻した方が良いと思った。

「んふ……くにくに……んん……、くちゅっ」

 お腹で微かに感じるお姉ちゃんの水分を身体に戻す様に押し上げる。込み上げてくるものを皮に移す様に、ぼくはお姉ちゃんの皮に水を流し込んだ。
 お姉ちゃんが膨らみを取り戻し、ようやく普段の状態に戻ると目を開けた。

「ん…………んふぅ?!」

 パッとぼくから放れるように身を引く。

「えっ…、えっ…?真美?なんで、私たち、トイレでキスしてるの?」

 ぼくがお姉ちゃんに入り込んでいた時の記憶はないのだろうか。ぼくが記憶を奪ってしまったことで、ひょっとしたら記憶が曖昧になっているのかもしれない。

「おかしいなぁ、シャワーを浴びていたはずなんだけど……でも、ちゃんと着替えてるし……なにがあったっけ?」

 キスをしていたことをはぐらかす様に、お姉ちゃんは一人考え込むように視線を逸らしていた。

「ねえ、梢ちゃん。この試合が終わったら、ちょっち時間空いてる?」
「…………」

 真美が話しかけても梢は今だ考え込むように没頭している。

「おねがい~。一戦だけ試合に出て欲しいの。それも結構本気モードで戦ってほしいの!この通り!」

 甘えるように声をかけると、ようやく梢は「うん」と頷いた。

「ありがとう~!梢ちゃん!!」
「一回勝負ね。頑張って戦おう、真美」

 状況についていけないだろう梢が、真美のお願いを聞いてくれただけでも救われるような気分になる。姉弟ではあまり見せることはないが、梢の優しさをぼくは誰よりも知っている。

(やっぱりお姉ちゃんは優しいな)
 
「それでね。仲間が必要だから声をかけて欲しいの。できれば強い人!」
「それなら、綾里さんかなあ」

 綾里千里―あやさとちさと―。身長も跳躍力もあるエースアタッカーだ。しかし、朝が早いせいか、一番早く帰ってしまう。彼女が仲間になれば心強いが、果たして残ってくれるだろうか。
 ぼくは人を説得させることが苦手である。少しの強引さも押し込めてしまう気弱な性格である。

「私が声かけてみようか?」

 ここでも梢ねえちゃんが助け船を出してくれる。

「ほんとう!?助かるよ!」
「ううん、いいよ。真美の頼みだもん」

 言葉ではそう言いながら、

 ――ニヤリと、不敵に笑った表情が見えた。

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 一緒にトイレから出る。次の試合、梢が先発で真美は補欠スタートだった。

「……あれ?」
「どうしたの、真美?」

 入口の前で電話をしている宏美さんがいた。なにやら難しい顔をしており、どこか困っているようにも見えた。

「どうしたんだろう……私、ちょっち聞いてくる。すぐ戻るよー」

 梢と別れてぼくは宏美お姉さんに寄っていく。電話を切ってため息を一つ吐いた宏美は、真美の顔を見たらふっと表情を綻ばせた。

「どうしたの?」
「うん……、ちょっと仕事がね。急に入っちゃって。抜けなくちゃいけなくなったの」
「えっ?そうなの!?」
「ごめんなさいね。みんなに伝えておいてくれないかしら?心配させちゃいけないだろうし。本当にごめんね」

 ゆっくり更衣室に着替えに行く宏美姉さん。

「せっかく仲間になってくれると思ったのに……」

 ぼくの話せる数少ない人が放れていく。ぼくは立ち止まることしか出来ないのだろうか……。
 いや、きっとそんなことない!

 真美の脚力ならきっと間に合う。急いで更衣室行って先回りするんだ。



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 うねうねと動くゲル状の物体。シワシワになった自分の皮を見て驚愕し、慌てるように元の身体へ戻っていく。
 スライムが皮に入ると、伸びた皮は潤いを取り戻し、ムクムクとまるで水が入った風船のように膨らみ、元の三股詩音の姿へと戻っていく。

「ゴホッ、ゴホッ……!い、いまのなに……?」

 詩音が怯えながら言葉を漏らした。

「わたし、何が起こったか分からないけど、気が付いたら外に出てて、自分の身体を見たの。そしたら、まるで、服みたいに脱ぎ棄てられてた。その時のわたしの姿……わたし……!」
「こうなってたんだよ」
「……えっ?」

 詩音の目の前でぼくはお姉ちゃんの身体から外に出た。吐き出されるように口から外に出て地面にうまく着地すると、ゲル状のスライムとなったぼくの姿を見て詩音が絶句していた。
 声すら忘れて驚愕した表情とはこういうことを言うのだろう。山道でツキノワグマと遭遇した以上の絶望感漂う顔をしていた。

 この時、詩音が大声を上げることがなかったのはラッキーだったのかもしれない。大事にならずに済んだのだから。
 スライムの時は喋ることができない。
 詩音と同じく皮の中に戻ったぼく。お姉ちゃんの身体は同じように膨らみを取り戻して元の姿に戻った。

「えへへ。びっくりした?」
「…………あ、えっ……?」
「んっ?」

 喋ることすら忘れていた詩音が、我に返ったように正気に戻ると、稲妻の如く詰め寄ってきた。

「どういうこと!?あなたなにもの!?本当に倉田さんなの!?ひょっとして宇宙人!?私をどうしようって言うの?あの物体なに!?きゃああああ――!!なんか、凄いもの見ちゃったあ!!」

 衝撃的だった、もしくは興味深々なのか。怖がるというよりもこちらが脅されているようにも思える。
 ぼくの正体を見せたのが失敗だった、というよりも、スライムの状態を見せたのが失敗だったかもしれない。

「し、詩音さん――?」
「ねえ、今のもう一回見せてよ!今度こそあなたの正体を掴んでやるから!」
「絶対いやだよ」

 そんなこと言われたらねぇ。お姉ちゃんの皮を隠されそうだし。みんなに言いそうだし。
 だからぼくの方から詩音に説明する。『粉薬』のことを内緒にして、倉田梢に入っているのは弟の颯太だということ、スライムになれること、そして、スライムになっている間は水分を伝って誰の身体の中に入れること。
 ――そして、

「これで、ぼくとバレーやらない?」
「えっ?」

 真剣な顔で聞いていた詩音が、最後の最後で驚いた表情を見せた。
 あまりにぼくの考えが幼かったからだろう。

「倉田さ……颯太くん。たったそれだけの理由で私に正体をばらしたの?」
「正体?」
「あなたが宇宙人だってこと」
「ちがう!ぼくはちゃんとした人間!!お姉ちゃんとだって血は繋がってる!」
「あは。そうなんだ」

      彼女の笑顔


 よしよしと頭を撫でられる。可愛がられているのだろうか。それとも情けをかけられているのだろうか。
 その時の詩音が見せた初めての笑顔が眩しすぎて、ぼくはまっすぐ顔を見れなかった。
 気分を悪くして怒った表情、一瞬みせた泣き顔、スライムを見て驚いた顔、詩音の表情の豊かさに心が熱くなった。

「でも、二人でバレーなんかできないでしょう。試合が終わるまで待ってみんなに相談して、残った人たちで対抗試合しよう。私たちの我儘を聞いてくれる大人たちがいればの話だけどね」
「待たなくていいんだよ。詩音もスライム状態になれるようにしたからいつでも他の人の中に入ればいいんだよ」
「また自分の脱皮状態を見るの!?えええ~」

 あからさまなイヤな表情だ。まあ、確かにぼくも自分のシワシワな顔を見たくはない。
 お姉ちゃんの時はなんでもなかったのに不思議だなぁ。
 しかし、詩音は顔を伏せたと思ったら肩を揺らしていた。……笑っていたのだ。

「それでも、他人の中に入り込めるってなんだか面白そうな話よね。じゃあ、バレーをするように誘導させればいいのね」
「そう!相手チームもいるし、体育館には多くの人たちがいるから、好きなメンバーを集めて戦おうよ」
「なんだかゲーム感覚ね……」

 「燃えてきた」と、詩音がやる気に充ち溢れていた。グッと拳を握っている詩音が本当の詩音の表情なのかもしれない。

「じゃあ、ぼくたちの試合は練習終了後。絶対後でやろうね!」
「わかったわ。わたしが監督に一番向いているところを見せてあげるわ」

 再び運動着に着替え始める詩音を置いて、ぼくは更衣室を後にした。
 漲る力を感じ、今の詩音ならどういう試合展開をかけるか分からない。状況をつくったのは僕だとしても、男である以上、負けたくないという想いは強い。
 ぼくも詩音に負けないくらいのやる気に充ち溢れていた。
 バレ―経験は皆無でも、お姉ちゃんに成りすませば十分戦える。後は仲間だ。最強の仲間を作り出すんだ。
 そして、白熱した勝負を――快感を、得るんだ!

「ようし――!」

 ――スライムオ、ヤルオ!!続きを読む

 夕方。お姉ちゃんになってバレーに参加する。町民バレーなのでお母さんからお姉ちゃんのような幅広い年齢層の女性たちがバレーに汗を流していた。

「あ、宏美お姉さん!」

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 御近所付き合いの岩瀬宏美―いわせひろみ―も参加している。お淑やかでぼくにも優しくしてくれるお姉さんだ。

「今日も一緒に頑張ろう!」
「うん。お姉ちゃんの分までがんばる!」
「おねえちゃん?」
「あ―――じゃなくて、お姉さんの分まで頑張るんだよ!宏美お姉さんのぶんまで!」
「あはは。お姉さんだって足手まといにならないように頑張るわよ」

 ふぅ……。知り合いと顔を合わせると思わず自分を出してしまいそうだ。記憶は呼んでお姉ちゃんの口調は無意識に出せれるんだ。あとは帳尻合わせ。臨機応変に対応して、お姉ちゃんになりきって楽しむんだ――。
 やっぱり、風邪でベッドに眠っているだけなのはつまらないし。

「あ」

 なんて思っていたら、クラスメイトの小金井薫―こがねいかおる―がいた。スポーツ万能少女だけど、その強気な性格が人を呼びつかせないので、チーム戦では実力を発揮することが少ないため、個人種目の陸上部に所属している。……まさか小金井さんがバレーなんかやっているとは思わなかった。
 ――と、小金井さんと目があった。すると、彼女がぼくの方に近づいてきた。思わず身構えたくなるのを必死に我慢しているぼくがいた。

「ごめんなさい」
「な、なにが?」
「つまらないことを聞きますが、倉田さんって、同じクラスの颯太―そうた―くんのお姉さんですか?」
「うん、そうだよ」
「そうですか・・・。風邪は大丈夫ですか?」
「風邪?うん、だいじょうぶだよ。こんなに元気になってるよ」
「・・・・・・」
「あっ――!」

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 またやっちゃった。他人になりきるのも楽じゃない。

「…そうですか。早く元気になって下さいと伝えてください」
「う、うん。伝えておくね。ありがとう、小金井さん」

 伝言を残して運動を始める。こんな形で小金井さんと話をすることになるとは思ってもいなかった。普段は一人のせいか、彼女の方から話しかけに来て、会話したことで茫然としている。町民の輪というのも大事なものだ。

「うわ――!」
「梢ちゃん!今日も頑張るのだ!」

      元気っ娘登場


 背中を押されて前のめりになる。この声は初めて聞くが、お姉ちゃんの記憶が知っている。お姉ちゃんの友達の七瀬真美―ななせまみ―が乗っているのだ。

「真美~」
「イヒヒ。準備体操したの?なんなら一緒にやろうじゃないか!硬くなってると怪我しちゃうぞ」
「そうだけど急に後ろから乗ってこられたら身を竦めるよ」
「それはいかんな。じゃあ、私が梢ちゃんを柔らかくしてあげるよ、うへへへ!!」
「なに、その手つきとイヤらしい笑い方。――ちょっと、真美。待って!!」
「問答無用!!」
「きゃああああ!!!!―――イタタタタタタ!!!!!!!!!」

 足の裏を重ねられ下半身を固定されて背中から真美の全体重がのしかかる。上半身だけが前に倒れ、股関節が悲鳴を上げる。

「今日の梢は本当に硬いぞ!うおりゃ!」
「ひやあああ――!!キツイ!!ムリ~!!」
「まだまだ!私の準備体操は全部で108あるぞ!」
「お・お・い・~・!・!」

 しばらく悲鳴が木霊し、試合が始まる時にはぼくは既にぐったりした表情を浮かべていた。
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「ああ、ぼくの身体がああ!!」

 ぺしゃんこになったぼくの身体。手に持つとまるで体重がなく、ゴムの入ったストッキングのように伸びたり縮んだりして形を変える。丸めて皺になっちゃうといけないからと、大事にハンガーにかけてクローゼットの中にしまい込んだ。
 ここなら誰にも見つからないだろう。
 ……そんなことよりも――

「ぼく、本当におねえちゃんになっちゃった」

 クローゼットの裏側についた鏡に、梢の姿が映し出される。ぼくが鏡を見ているはずなのに、お姉ちゃんが映っているっていうのは、ぼくがお姉ちゃんになっちゃったということ。
 ぼくの耳に入る声も、ぼくよりも身長が高い視線も、バレーをしているから女の子なのに大きくて太い手も、全部お姉ちゃんのものだ。それをぼくが使っている……。

 ぼくはお姉ちゃんになったんだ。それが面白くて、鏡の中でお姉ちゃんが笑うと、ふとお姉ちゃんの真似をしてみたくなった。

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「倉田梢、13歳。弟のは8歳。お母さんは今、パートに行っているの。お父さんは毎日帰ってくるのが遅いんだよ」

 すごい。お姉ちゃんそっくりだ。
 お母さんもぼくがお姉ちゃんの真似をしてしゃべったら、似すぎて逆に褒めてくれそうなくらい見分けがつかないように思えた。
 お姉ちゃんはぼくのもの――お姉ちゃんの体内の水分はぼくと一体化しているのが分かるから、ぼくの思い通りにしか動かないししゃべらない。
 そんな優越感に浸っていた。

「おねえちゃん……」

 ぼくは、自分以外の身体に触ったことがない。身体を洗われることがあってもぼくの方から洗ってあげることはなかった。だから、お姉ちゃんの身体に無意識に触ったのも、他の人の身体に興味を持ったのも、――これから知る快感を味わったのも、
 初めてのことだった。
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 ぼくは、どうしてこんなことになっちゃったんだろう……
 よくわからない……
 あの、『こなぐすり』のせいだ。
 にがいのにがまんして、がんばってのんだのに、こんなことになっちゃった……
 なつかぜひいて、
 ベッドであついなかねていて、
 きゅうに吐き気と眩暈がもようして、
 クラッとしかいがゆがんで、
 のんだおみず、ぜんぶ吐き出したとおもったら――
 ぼくは………じぶんのカラダからもはきだされて、
 みずといっしょに、ゼリーみたいなコタイとなってはきだされて、
 プルプルっとしたカラダになったのがぼくで、

 ――ぼくは、スライムになったお。続きを読む

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