「うわあ。貴明ったらなに考えてるんだよ!」

 教室から消えた茜音(貴明)に対して取り残された貴明(茜音)と義也。
 特に部活動の『飲み薬』を使った挙句、身体を許可なく入れ替えた貴明に対して弁明の余地はなかった。間違いなく茜音は怒っているだろうが、身体を持ち逃げした状態で解決手段がない義也はただただ土下座で謝り倒すしか許しを請う方法がなかった。

「ご、ごめんなさい高橋さん!貴明だって悪気があるわけじゃないんだよ。きっとあいつなりに僕との部活を楽しみにしていたせいで、部活を続けたかった想いが爆発しちゃったんだよ、きっと!感情のまま動いちゃったけど、高橋さんにも分かってもらいたくて、仕方なく・・・」

 言えば言うほどドツボにはまる。苦しい言い訳に言葉がどもる義也に対して、貴明(茜音)の下した判決は思いのほか軽いものだった。

「別にいいわよ。そんなこと言ったってなにも変わらないもの」
「そんなことって・・・」

 身体を入れ替えられたというのに、茜音は思っている以上にショックを受けてはいなかった。むしろ、堂々と受け入れている貴明の姿は、他の誰よりも貫禄があった。と、言っても義也たちが見ていた女子たちはだいたい憑依していたせいで意識を眠らされていた。幽体になって入れ替わった経緯まで覚えているせいか、そして、入れ替わった相手が貴明であることが間違いないせいか―—。

「でも、貴明のことだから茜音さんの身体を使って貶めるようなことするんじゃないかな?」
「しないわよ。ああ見えて臆病だもの」

 はっきりと貴明に対して断言する茜音。幼馴染だから貴明のことをよく分かっていると言わんばかりである。

「私に直接言えないのに、他の子に手を出せるわけないじゃない!」
「出してるんだよなぁ~」

      何故言い切れる?

 貴明が今までしてきたことを知らない茜音だからなのか―—とはいうものの貴明だって元々悪い人間ではない。人一倍温情があり、まじめな熱血漢と言える性格だ。その分、悪に染まれば悪に染まってしまうような人間だ。悪ノリが過ぎてしまうのは貴明の悪い一面ではあるが、茜音に見せている貴明の姿は決して悪人には見えていない。そんな姿を見ていればひょっとして——

「茜音さんって・・・もしかして・・・・・・」

 前を歩く貴明(茜音)を見つめていると、突然貴明(茜音)が立ち止まったのだ。何事かと思い布施も止まると、横を向けば男子トイレがあった。

「ねえ、そんなことより布施くん・・・・・・」
「えっ?なに?」

 急にしおらしく義也に語りかける貴明(茜音)。

「あのね。本当にごめんね。私、男の子のことよく分かってないから聞くんだけど」
「うん」
「男の子って、どうやってお手洗いするの?」
「・・・・・・・・・へ?」

 貴明(茜音)はどうやらお手洗いに行きたかったみたいで、男子トイレに初めて連れていった。入ることもないと思っていた男子トイレ。女性には馴染みのない小便器が並ぶ。

「男子のトイレって狭いわね」
「そうなの?」

 手洗い場は同じだが、女性トイレは個室が6個あるのに対して、男子トイレは小便器が4、大便器が2個で構成されている。茜音がそう思うのは最もである。貴明(茜音)は義也に連れられて小便器の前に立った。

「じゃあ、チャック下げて」
「えっ、このくらいの距離でいいの?」
「そこから!!?」

 立ちションが出来ない女性にとって男子の距離感が分からないのは仕方なかった。義也が距離を見ながらなるべく想定通りの放物線を描いて、尿はねを回避する距離感を見定めて貴明(茜音)を立たせた。

「あと一歩前へ・・・・・・この辺でいいと思うよ」
「うん・・・」

 貴明(茜音)がズボンのチャックを下ろしていく。だんだんと貴明(茜音)が無言になっていく。

「で、そこから手を差し入れて、パンツから取り出して」

 説明したことを履行するように、下ろしたチャックの中に手を差し伸べて貴明の逸物を取り出すためにゆっくりと握る。
 ぶるっと、貴明(茜音)が突如震えた。

「うひゃあ~!ふにゃふにゃあ~。なにこれ、気持ち悪い~」
「貴明、可哀想に・・・」

 ここにはいない貴明に思わず憐みすら感じてしまう義也。入れ替わったことで男性の尊厳が削られているような気がするのは義也の気のせいだろうか。

「いやあぁぁ!なんか出た!ズボンから子袋とフランクフルトが顔出してきて、いやあぁああああ!!!」
「自分で出したんだよなぁ~」

 茜音が一人ではしゃいでいる。なんともレアな光景であり、付き合っている義也の方が恥ずかしくなってきていた。

「静かにしてよ。僕まで恥ずかしくなるじゃん」
「ご、ごめんなさい。つい・・・」

 男子トイレで騒ぐのは勘弁してくれよと、義也が咎めるとようやく貴明(茜音)が狙いを定めた。

「しっかり構えて。下半身に力を入れていけば出てくるはずだから」
「えっ、えっ、どこ狙えばいいのかわかんない~?」
「そんなこと考えたことないよ。いっそのこと目を瞑ってシたらいいんじゃないかな?出来れば下を向けて底に落とせば尿はねしなくて済むと思うよ」
「わかった」

 本当に幼児がする初めてのお手洗いみたいに、言われた通りに目を閉じて小便を始めた。
 ジョロロロロ・・・
 ピッピッ。

「はぁ・・・へぇ~~~」

 茜音が初めて男子として用を済ませた。結果、感慨深いため息を吐いた。

「飛び散らなくて、いいわね」

 男子の場合はホースを操作しているように尿が放物線を描いてやり易い。女子のように落ちて出てくるわけじゃないので確かに楽だろう。時に男子は普段と違う放物線を描いたり、二股放出、トリッキーな動きをする場合もあるが、義也がそこまで茜音に教える必要はなかった。

「左に曲がるのね♪」
「もういいよ」

 男子の小便でここまで盛り上がるなんて義也ですら想定していなかった。
 むしろ、茜音が男子の身体付きに食いつくのが意外過ぎた。茜音も年甲斐の女の子。異性の身体に興味あるのは男子だけとは限らないということを義也は改めて痛感した。

「茜音さんがボロを出すのってなんか新鮮なんだけど・・・」
「コレを擦っていけば白い液が出てくるなんて、男の子って不思議な身体してんのね」




 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 しばらくして男子トイレから出てきた二人に声をかける生徒がいた。

「あの、千村くん」

 声をかけたのはクラスメイトの水野結愛₋みずのゆあ₋だった。未だにロリ顔で数多くの男を誑かしていると噂される小悪魔的存在の子である。

「水野さん。どうしたの?」

 珍しい相手が声をかけてきたので。義也の方が返事を返した。しかし、彼女にとってやはり義也は呼んでいないといわんばかりに不機嫌な表情を浮かべていた。

「ごめん、布施。私千村くんに話があるから外れてもらえるかしら」
「僕が?なんで・・・?」

 顔を見合わせて「どうする?」とアイコンタクトを取ると、貴明(茜音)は一人では不安というように、袖を掴んで放さない。首を横に振ってなんとか失言を出さないように結愛と話さないように繕ってもらいたいと言っているように聞こえた。
 しかし、そんな二人の様子を見て痺れを切らした結愛が貴明のもう片方の袖を掴んで二人の仲を引き剥がした。

「あーもう!あなたが放れないなら私たちが放れるからいいわ。千村くん。一緒に来てもらえる?」
「わ、私?今じゃなきゃダメなの?私でいいの!?」

 混乱している貴明(茜音)を連れて誰もいない教室に戻った。この時間は体育で誰もいないのだ。つまり、結愛はサボるつもりで貴明のことを待っていたのである。
 彼女が作る空間に少し恐怖を感じながらも、貴明(茜音)は結愛に声をかけた。

      ロリ顔なクラスメイト

「あ~、えっと、話ってなに?」

 結愛は結愛でなにかを探ろうとしているように、しばらく無言のまま貴明(茜音)の顔を見つめていた。

「単刀直入に聞かせて。千村くんって高橋さんの事どう思ってるの?」

 突然茜音₋じぶん‐の名前が出て来たことに噴き出してしまった。

「わた・・・・・・茜音のこと?」
「幼馴染だか何だか知らないけど、あれだけ殴られて罵られて、なんで言い返さないのかずっと不思議だったの」
「そんなに叩いてないし、詰ってないし!普通じゃない!・・・・・・あっ!」

 思わず茜音の気持ちとして口が走ってしまった。まさに失言であったが、結愛は入れ替わっているとは思っておらず、別の意味として捉えていた。

「ほらっ、また。千村くんって無意識なのか分かんないけど、高橋さんのこと守ろうとしてる。・・・なんなの?高橋さんのこと好きなの?」
「好き・・・?」

 どうして結愛の口からそんな言葉が出てくるのか、貴明(茜音)は混乱してきた。それは貴明を通じて茜音の真意を探っているように思えた。

「いやぁ~そんなんじゃないって言うか、これが私たちの普通って言うか・・・」
「おかしいよ。普通だったら彼女になんか近づかないのに、次の日には平気な顔して同じこと繰り返してる。どうして?わけわかんない」
「(暴力女って呼ばれていたけど、私ってみんなにそんな風に見られていたのかな・・・)えっと、俺が誰と話してたって水野さんには関係ないんじゃないかと・・・」
「わかんない!千村くんがそんな態度取ることに、なんで私が悩まないといけないのか本当に分かんないわよ!千村くんと高橋さんが仲良くしているところなんか見たくない。最近ずっと、ずっとイライラしてた」
「・・・・・・それって・・・・・・」

 茜音は女の勘でようやく気付いてしまった。結愛は涙目で、人生で初めてであろう、誰かを好きになったという気持ちを。

「私気付いたの。私、千村くんのこと好きなの。高橋さんのことを好きでもないなら、私と付き合って・・・・・・付き合ってください!」

 結愛の突然の告白に貴明(茜音)は言葉を失ってしまう。入れ替わっているというタイミングでなければ、ロリ好きの貴明が結愛から告白を受ければ間違いなく「オーケー」と即答していただろう。
 結愛にとってライバル視する茜音が彼女の告白を受けるという状況に、果たしてどんな回答をすればいいのか頭が真っ白になってしまった。

「(水野さんの告白を私が答えるなんて失礼よね・・・・・・)」

 先延ばしするという方法もある。返事を伸ばして貴明本人に答えさせるべきなのかもしれない。
 重すぎる状況に苦しむくらいなら、逃げるのも一つの手段だ。
 結 愛 の 告 白 に 関 し て 高 橋 茜 音 は 無 関 係 な の だ か ら 。

「(でも、貴明が結愛から告白されたことを知れば―———!)」

 高橋茜音にはない可愛さを水野結愛は持っていた。選ぶのは貴明であり、恋人として付き合うのは一人だ。
 まだ貴明は誰とも付き合っていない。茜音も結愛も同じ立場にいる。

「急にごめんなさい。迷惑だったかな。返事は今すぐじゃなくていいから」

 珍しく結愛がしおらしい態度で一歩下がる。そんな姿を見せられたら男子なら追いかけて抱きついてしまいそうな衝動に駆られてしまう。

「でも・・・あまり私を待たせないで。私、そんな気長に待てるような聞き分けの良い子じゃないの。あまりに私を待たせたら、恋の病で千村くんに殺されちゃうから」

 ——ズキューン‼‼
 これが結愛の口説き文句なのか、聞いた男子全員を惚れ殺しそうである。素面で言える彼女の覚悟も強かった。

「(ああ・・・私も彼女みたいに可愛かったらよかったのに・・・・・・)」

 逆に尊敬。逆に羨望。
 高橋茜音が水野結愛に抱いた想いはそれだった。

「(私も可愛いに特化できたらもっと人生楽に生きられたのに——私より美人は大勢いるし、運動できても男子には勝てないし、勉強だって一位にはなれない・・・楽になんか全然なれない。それなのに、貴明よりも上にいたい、しっかりしていたい、貴明の頼りになる人でいたかった・・・・・・でも、暴力女としかみられていないんだ、私って・・・・・・)」

 嫌われているキャラなんか、なりたくてなったわけじゃない。気付いたらなっていた。
 自慢することは何もない、特別でも何でもない。ただの普通キャラ——高橋茜音が登場できる理由。
 ヒロインとしても、モブキャラとしても立場を変え、入れ替わった末路―—貴明に捨てられた茜音に存在価値は無い。
 結愛の告白を受け入れることで、高橋茜音の存在理由は皆無になる。
 それがはっきりとわかってしまった。

「(疲れたな、私・・・。もう、ゴールしてもいいかな・・・)」

 貴明のことを結愛に任せてもいい?思っているより上手くいくかもしれない。
 考えるよりまずやってみる?付き合った後で分かることがあるかもしれない。
 貴明が望むなら、結愛が望んでいるなら―—

「(それも、いいかな—―)」

 そう思うと、気持ちがすっきりした。そして、結愛をまっすぐに見ることが出来た。

「大丈夫。いま水野さんに答えを聞かせるよ」
「えっ、ほんと?・・・うん。千村くんの返事を聞かせて」


 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

「あっ。帰ってきた」

 廊下で待っていた義也は教室の扉が開いた音を聞いた。そこから貴明(茜音)が出てきた。
 しかし、貴明(茜音)は義也に気にすることなく廊下を歩き始めた。
 追いついた義也が貴明に並ぶ。

「水野さん、なんの話だったの?」
「しー」
「えっ?高橋さん?」

 声のトーンを落として口を閉ざすように人差し指を唇に宛がう。一体結愛となんの話をしていたか義也は聞くタイミングを見失っていた。しかし、このまま義也にはいてもらいたいのか、

「ちょっと付き合って」

 義也を手招きして足早に目的地へ向かった。

「どこ行くの?」
「体育館。茜音₋たかあき₋のところ!」

 女子生徒が授業いる体育館へ。