授業が終わり、千村貴明₋ちむらたかあき₋は布施義也₋ふせよしや₋のもとを訪れていた。

「義也。どこの学校でDOする?」
「DOするって?」
「俺と一緒にトゥゲザーしようぜ!」
「英語と日本語が混じってお茶目な言い方してるけど、それ重語だよ。なんだよ、それ?なにがいいたいの?」
「わかんねえかな?あれだよ、あれ。もっと分かりやすく言ってやるよ」

 貴明が義也の耳元で囁いた。

「今日はひょいする?」
「どんな略語!?可愛く言っても分かんない」
「HIする?」
「短すぎてわけがわからないよ!?」
「あぁん!ひょうい部副部長がわかんないなんて意識が足りてないんじゃないか?」

 ひょうい部副部長も忘れていたひょうい部活動。それもそのはず、部活動したくても高額の『飲み薬』を購入できず、部費も底を尽きていたため自粛していたのである。義也にとって貴明から部活動をするという発言を聞くのは久しぶりのことだった。
 他の部員が幽霊部員になってしまっても、貴明と義也が立ち上げた”ひょうい部”は永遠の部活として名を残すのである。
 しかし、義也の表情はどこか暗い。貴明にとって『飲み薬』が手に入って部活動を始められそうではあるのだが、義也が危惧しているのは別の件だ。

「貴明・・・でも、僕たち・・・・・・」
「いい加減にしなさい貴明!」

 義也では貴明にガツンと言えないせいか、変わりに貴明に対抗できる人物が二人の元に駆け付けていた。

「げ、その声は高橋茜音!?」

 ひょうい部の部員でもない、千村貴明の幼馴染の高橋茜音‐たかはしあかね‐が険しい表情で貴明を睨みつけていた。まるでひょうい部の活動を遮るように立ち塞がっているのである。

「生徒会長にも認可されてない部活動でしょ。所詮同好会どまりでしょ」

 かつて生徒会長に直談判してひょうい部は正式な部活動として仲間入りしたはずである。そして何度も部員と供に部活をやっていたはずだ。今更ひょうい部が部活じゃないなどあり得ない話だ。

「そ、そんなはずはない!ひょうい部は向陽陣大高校に認知された正当な部活動の一つのはずだ」
「認められません」

 貴明の主張を一掃する一声が木霊した。教室には生徒会長の伊澤裕香―いざわゆうか―が訪れていた。

「なに、生徒会長!?何故ここに!?」
「茜音さんに頼まれました。千村さんの目を覚まさせるように」

 眼鏡をクイッとあげて生徒会の見解を伝えるために現れたのだ。
 貴明に現実を突きつけるためだ。

「千村さんのすることは勉強です。学園で許可されていない部活動で遊ぶよりも大事なことがあるはずです。将来のことを考えて勉強をした方が有意義な時間を過ごせますよ。今まで無駄に遊んだ時間はもう二度と戻ってこないのですから、もっと時間を大事にしてください」
「無駄・・・無駄だとぉぉぉ!!」

 貴明の手がプルプルと震えている。今にも襲い掛かりそうな貴明を茜音が察する。

「貴明、聞いて。みんなあなたのことを想って言ってることなのよ」
「・・・僕もそう思う」

 貴明の背後に立つ義也ですら表情を伏せながら告げる。

「義也、裏切ったな」

      熱血馬鹿

「他人の芝生が青く見えるなら、もっと自分の芝生を青々と生い茂らせた方がいいと思うんだ。伸びた芝生を駆って、揃えて、ちゃんと整えるだけでも時間は十分必要だよ。そうやって貴明の知識を豊富にしていこうよ」
「いやあぁ!聞きたくない!」
「聞いて貴明!みんなやってることなのよ。貴明一人を苦しめていってるわけじゃないの」
「俺はそんなに強くない!みんなが平気で跳び越えるハードルを俺は跳べないんだぁぁぁ!!」
「跳び越えてるわけじゃなくて跳ばされてるの。待ってはくれないのよ。大学行かないでいいの?」
「知らない、知らない。将来のことなんか俺には関係ないんだ!」
「・・・貴明」

 貴明は全員を残して一人走り去ってしまった。ひょうい部として遊んでいたいことと、それでも自分の将来を考えることは全く相反することだ。簡単に、「はい、そうですか」なんて答えで片付けられるようなものではない。ひょうい部副部長なのだ。義也にも貴明の辛さは痛いほどわかっていた。

「馬鹿貴明!もう知らない!」

 茜音にとってはただ子供のように駄々をこねる貴明の姿を見て呆れている様子だった。


 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 ひょうい部で一騒動あった翌日、茜音は風邪を引いたのか、咳が止まらなくなっていた。

「ケホンッ、ケホンッ」

 クラスメイトに心配されながら「大丈夫」と、席に座って突っ伏している。どこか表情が青い茜音の姿を貴明と義也は眺めていた。

「具合悪そうだね」
「へっ。風邪ひいてるとか体調管理が出来てねえ証拠じゃねえか。色々文句言うならまずは自分を見つめ直してから言えって――イったぁ!!」

 貴明の頭に茜音の上履きがクリーンヒットする。具合が悪そうなだけで剛速球で上履きを投げる力があれば心配はいらないだろう。

「馬鹿は良いわね。ウイルスの存在にすら気付かないんだから。絶対貴明に移されたのよ私。それしか考えられないわ」
「なんだと!」
「なによ!」
「ああ、また始まったよ・・・」

 貴明と茜音の一悶着にため息を吐く義也だが、今回は珍しく貴明の方がすぐに折れたのだった。

「ふん。まあいいだろう。こう見えて俺は優しい人間だからよ。茜音のためにちゃんと『飲み薬』を用意してるんだよ」

「えっ」と驚く茜音。貴明のまさかのサプライズにときめいたのか、顔がほのかに赤く染まっていた。

「・・・珍しい気が利くじゃない。貴明の癖に」
「最近、とてもよく効く『飲み薬』が手に入ったもんでな」
「ン・・・『飲み薬』・・・・・・?」

 義也の頭になにか引っかかるものがある。
 ソレ、ホントウニ”カゼグスリ”ナノダロウカ?

「そうなんだ。賞味期限は大丈夫?何か入ってるんじゃない?」
「一言多いんだよ、おまえは。仕方ねえな。俺も飲んでやるからよ。一緒に風邪を撲滅しようじゃないか!」
「はいはい。気休めにはなるかな」
「おら、いいから飲めよ。乾杯!」
「貴明!それって――!!」

 二人は貴明が用意した『飲み薬』を同じ様に傾けてゴクリと喉を鳴らしていた。休み時間のせいで、二人は一気に『飲み薬』を飲み干していった。

「ぷはぁ~。ふぁいと一ぱつぅ~~~」
「にがぃ・・・ほんとに効くの・・・たかあ・・・・・・」

 バタリと、同じタイミングで二人は倒れてしまった。
「やっぱり」と、義也は危惧していたことが現実に起こったことに一人慌てふためいていた。貴明と茜音の身体を必死に揺さぶり起こそうとしても、あまり意味がないことを義也は知っていた。
 でも、そうせずにはいられなかった。

『飲み薬』を飲んで幽体離脱した二人は、義也の動きを上から見下ろして眺めていた。

『なによ、これ!なんで私宙に浮いてるの?』

 茜音にとって初めての幽体離脱。自分の身体が眠っている姿を眺めるもう一人の自分に発狂していた。その様子を貴明は一人ほくそ笑んでいた。

『気が付いたようだな』
『私になに渡したのよ!?』
『ワーハッハッハ!あの『飲み薬』はただの風邪薬なんかじゃない!幽体離脱を可能にする『飲み薬』だったのだ!』
『なんですって!!』

 貴明に知らされる幽体状態の身体は思うように移動することが出来ない。放っておくと風船のようにただ上昇していってしまう。誰にも気付かれないし、誰にも声が届かない状態で茜音は自分の身体に戻るために必死に宙を掻き分けていた。体力がある茜音といえど地上に行きたいのに下へ泳いでもその距離は縮まらない。まるで見えない波に逆らって泳いでいるようだった。

『だめ、うまく泳げない』
『スポーツ万能の茜音でさえ感覚がつかめないようだな!こうやるんだよ、こう!』

 そこで貴明が手本を見せてやる。茜音と違って何度も幽体離脱している貴明にとって、宙を泳ぐ感覚は慣れてしまっている。自分の身体に触れて、続いて茜音のもとへ近づいてドヤ顔するのが茜音にとって闘争心を燃やした。

『くっ!なんでこんな面倒なことに巻き込まれてるのよ・・・後で覚えてなさいよ』

 しかし、一回の幽体離脱で泳ぎが完璧にマスターできるはずもない。茜音は苦み潰した顔で貴明に恨み節を吐き捨てていく。しかし、ここで貴明は思わぬ反撃に出た。

『おっと。茜音にはただで自分の身体に戻ってもらうと困るんだよ。今時暴力女の設定は人気が出ないんだよ』
『いきなりなんの話!?誰が暴力女よ!!』

 幽体離脱した者同士の身体は触れることが出来ることを確認した貴明。茜音の幽体を掴んで自分の身体の前に連れていく。

『こっちはあなたの身体じゃない。私は向こうの・・・』
『だからさ、こういうことだよ!!』

 ――ドンッ。
 とどめに突き飛ばした茜音の幽体は貴明の身体にむかって発射される。止めることも出来ない茜音は貴明の身体に触れる。

『貴明!?なに・・・・・・いや、吸い込まれる!!』

 身体と幽体がぶつかった瞬間、茜音の幽体は貴明の身体の中に入っていった。茜音が消えたことで歪んだ笑みを浮かべた貴明は、悠々と茜音の身体に近づき身体の中に幽体を重ねていく。

『じゃあ俺は茜音の・・・お前の身体を頂くぜ!』

 茜音の身体に覆い被さった貴明の幽体は吸い込まれるように消えていった。



 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

「うーん・・・はっ!? 一体なにが・・・・・・なにこれは」

 二人が目を覚まし、義也が安堵したのは束の間――

「目が覚めたか」

 ニヤニヤと貴明の顔を見ながら嘲笑っている茜音に貴明はいきなり詰め寄っていた。

「ちょっと~!私の身体返しなさいよ!」
「なにオークと身体を入れ替えられたみたいな声あげてんだよ。まあ、俺の身体と入れ替えられたなら悲鳴を上げるのも無理ないがな!」

 二人の会話がなにかおかしいと気付いた義也は即座に察した。『飲み薬』を使って貴明が身体を入れ替えたのだと。貴明が茜音に襲い掛かるのは本来とは逆パターンである。

「むしろ、なんで貴明は冷静なのよ!身体が入れ替わったのよ?」
「俺は慣れてるんでな。ひょうい部で培った度胸と勇気だ」
「わけがわかんないよ!!」
「歩んできた場数が違うんだよ。こっちは一歩間違ったら保健所行き確定の綱渡りをしてきたんだ!」
「それ自慢じゃないよね。むしろひょうい部にとってマイナス要素だから黙っておいてほしいんだけど」
「つぶやキーで活動報告を毎回しているからもう遅い。炎上とフォロワーで今や有名人よ」
『サイテーだよ!!』
「今度aitubeで『jkに憑依して女子更衣室に侵入してみた』って動画ageようかと思ってたんだが、時代は動画投稿による広告宣で――」
『それもう罪だよ!!保健所じゃなくて留置所だね、間違いなく!!』

 茜音(貴明)の告白にツッコミが追い付かない。どこから『飲み薬』の購入資金を確保したのかと思ったらそんなことをやっていたのか。
 金のためならどんな労力も厭わない性格は別のところで使ってほしいものである。

「いやああぁぁぁ!!そんなことに私の身体を使われたくないわ!!いますぐ身体を返しなさい!殴るわよ」
「きゃあー助けて~!!」

 貴明(茜音)がぐいっと茜音(貴明)に向けて拳を振り上げる。
 その瞬間、クラスメイトの女子生徒たちがぞろぞろと三人を覆い囲んできた。

      見覚えのある生徒たち

 さらに昨日と同じように生徒会長の伊澤裕香までやってきていた。

「心配になって一部始終見てましたよ、千村さん」
「なになに!?痴話げんか?」

 樹下琴子-きのしたことこ-と松下華子-まつしたはなこ-、遠野由紀-とおのゆき-や横内-よこうち-ちまたが野次馬見物のように顔をのぞかせているのだ。

「女の子に手を挙げるなんて最悪・・・」

 遠野由紀は既に貴明(茜音)を見下しているようだ。蔑んだ表情は貴明(茜音)の心にくるものがあった。

「まあまあ、なにか二人の間にあったんじゃないかな?」

 それでも貴明(茜音)の行動に真実味を持たせようと松下華子が申し訳なさそうに聞いている。貴明(茜音)は説明しようと言葉に出そうとするも、気持ちが先走って思うように言葉をまとめることが出来なかった。

「みんな、違うの!私が茜音で、彼女が貴明で」
「言ってる意味がよく分かりません」
「言い訳して誤魔化してるわけね。反省の色はないの?」

 伊澤裕香と遠野由紀は結論を出しているかのようだ。まるで死刑宣告をされるかのように追い込まれているのがわかってしまう。

「ん~なんか聞いたことあるような展開が・・・」
「気のせいじゃない?」
「そっか。思い過ごしか!」

 樹下琴子と横内ちまたはぽつりとつぶやくも、女子生徒の意見が変わることはなかった。

「みんな!私の話を聞いてったら!」

 華子が茜音を抱きしめながら頭を撫でていた。

「可哀想、可哀想~。茜音怖くなかった?」
「うん、大丈夫。大袈裟な声あげてごめんね。私は大丈夫だから」

 鼻の下を伸ばしながら言う茜音(貴明)に女子たちは誰一人気付くことはなかった。
 結局言い分を受け入れることもなく、女子生徒たちは茜音(貴明)の言葉を信じて寛大にその場を放れていった。

「みんな見てるからね。なにかあったらすぐに言ってね」
「ありがとう~」

 手を振りながらもチラチラと女子生徒たちは茜音(貴明)とアイコンタクトを取っている。その様子を見ると貴明(茜音)の行動は制限されているのだということに気付いた。
 元々友達のクラスメイトが突如牙をむくとは思って居なかった貴明(茜音)はぐっと拳を下ろしてため息を吐いた。

「便利な友達だな」

 本音を義也と貴明(茜音)にだけ聞こえる声でつぶやく茜音(貴明)に怒りを通り越して呆れてしまうのだった。

「貴明ったら、最低よ・・・」
「なんとでも言えよ。お前に受けた屈辱を晴らすまでは絶対この身体は返さないからな!」
「嘘でしょう!?」

      (^▽^)

「嫌だろう?悔しいだろう?俺に自分の身体を使われるのは苦々しいだろう?その顔が見たかったんだよ!もっと茜音には辛い目にあってもらわないとな!アーハッハッハ!!!」

 高らかに勝利宣言しながら教室を後にする茜音(貴明)に、すっかり風邪のことなど忘れて茜音は我が身を心配するばかりだった。
 そんな二人の喧嘩を見ながら、義也は――

「やりすぎだよ、貴明・・・」

 子供のように茜音に迷惑をかける貴明の肩を持つには至らなかった。


伊澤裕香 

樹下琴子 

松下華子 

遠野由紀 『スノーグレイヴ』にて登場。現在閲覧不可。

横内ちまた