向山紀仁は高校時代に不思議な体験をした人物の一人だと言える。
 それはどんな体験だったかというと、皆にはうまく伝わらないと思う。これは実際に体験した人じゃないとわからない。90%の人は「冗談だろ?」や、「うっそだぁ!」と、信じてはくれないだろうし、残りの10%の人は「マジで!スゲぇぇ!!」と肯定するのではなく、「へぇ、すごいね…」と、半信半疑の肯定で軽く首を振るだけの話だ。ちなみに半信半疑と言っても疑が75%を占めるのだから言葉遊びとは面白いものだ。
 つまるところ、今までのことを振り返っても、紀仁が誰かに体験談を話しても心底無駄だということだ。実体験を話す意味はないということがわかっていた。しかし、逆に紀仁の立場から言わせてもらうと、人の話を聞かない人は心底損をしていると思う。この体験があったからこそ、紀仁は変われたと思っているし、いまや全日本実業団バスケットボール選手権大会で名を上げる選手になれたといえる。元々才能があったバスケットボールと、高校時代に全日本男子バスケットボールのヘッドコーチの目に止まり、強化選手の育成システムに乗れたことが大きかった。

 当時、貴耶とも離れ、孤立した紀仁には今更クラスメイトたちとの馴れ合いに染まれるはずがなかった。鵜沢澄彦と今後を話し合い、高校時代のこれからをどうするかという不安を抱きながらも二人にしか共有できない思いがあった。

「また、憑依したいな」

 澄彦が言った。そしてこれが、紀仁が実際に体験した核心部分だ。

“憑依”。――乗り移り。他人の身体に乗り移り、自分のものとして操る体験は、いままで経験した刺激よりも強い快感だった。人が人を操るのは洗脳以外ありえない。恐怖支配や独裁政治では必ず法により裁かれる。しかし、“憑依”とは信じるものだけに与えられる全能支配だ。他人を自分の身体の一部として意のままに操れることを、身を以って体験してしまったのだ。紀仁は後輩の皇花蓮に“憑依”し、女性の快感を味わってしまった。男子では味わうことのできない快楽を存分に堪能してしまった。澤谷賢一郎が持ってきた『飲み薬』によって、紀仁は知ってはいけない禁断の果実を味わってしまったのだ。
 抜けだせるはずがなかった。貪欲に、強欲に。もう一度その快楽を味わいたいという思いが、紀仁と澄彦の二人を突き動かしていた。

 それからだ。澄彦は永峰瑛子に頭を下げ、一から勉強を教えてもらい始めたのだ。なんでも、東大に入学したいと直談判に言ったのだという。何日も何日も先生たちに頭を下げて、放課後に居残り先生たちの時間を割いて特別講習を築き上げたのだ。授業を欠席することはなくなり、毎日遅くなるまで学校に残り復習を続けた澄彦の成績は格段に順位を伸ばし、大学受験当日までぎりぎりかけて、すべての科目で満点を取ることができたのだ。それは澄彦の才能だろう。紀仁よりも勉強に対する理解力がよかったのだ。澄彦は東大を現役合格し、いまや大企業の重要案件を一任されるほどの人材になっていた。

 そして紀仁は澄彦ほどに頭がよくない。どうしたらいいかわからず途方にくれていたこともある。だが、身体を動かすことは好きだったし、バスケットをやっていたことを思い出し、遅咲きながら部活をはじめたのである。高校2年の秋である。残されたのは春の選抜のみという苦境である。
 部活を入部したときも皆に鼻で笑われた。雑用と基本だけをやらされて試合はおろか練習ですら参加させてもらえなかった。しかし、部活では最後まで残り、顧問を残して実力を見せ付けた。先輩は最後まで紀仁の実力を認めなかったが、顧問は差別なく紀仁の実力に気づいてくれた。
 一度限りの練習試合に参加させてもらった際、先輩たちを一人でコテンパンにした。既に目の色が違う紀仁に敵はいなかった。爆発する暴走列車のように、相手の動きは遅く、紀仁の動きについてこれるやつはいなかった。加えて紀仁の人間観察はここでも光った。相手の次の動作が手に取るようにわかり、視野が広くなった紀仁は1人で5人分の活躍をしていた。紀仁自身でも驚くほど実力は衰えていなかった。むしろ、年を重ねて眠っていた才能が起き出したといってもいい。PG,SG,SF,PF,Cすべてに回り、かつて対戦した最強の好敵手の実力を自分の身体に乗り移らせた働きをみせた。
 実力を認めるしかない先輩たちは、春の選抜に紀仁を出場させた。そして紀仁はそこで運命を変える出会いをする。


 ――現在に至る。紀仁は運動で大企業に勤めるようになった。現在、オリンピック代表ですら手の届く場所まで来ている。落ちぶれた紀仁がまさか国を代表する人物になるとは本人すら夢にも思っていなかった。

「本当ですよね。先輩が日本代表選手に入るんだもん。信じられないよ」

 紀仁の隣で皇花蓮がいた。なぜ花蓮が紀仁の部屋にいるかというと、答える方が愚問である。二人は高校時代から密かに付き合っていた。最初は紀仁が一方的に花蓮を求めていたのだが、当然、悪評名高い紀仁の噂は後輩の花蓮の耳にも入っており、最初は取り合うことすらありえなかった。しかし、紀仁が覚醒し春の選抜を優勝する頃には、花蓮は現地に応援にも来ており、強化選手の一人に名前が入る頃には紀仁の告白を受け入れていたのだ。花蓮もまた陸上の日本代表選手となり、高嶺の花であった皇花蓮を落とした紀仁は、全身に幸福が回ったのを今でも覚えている。賢一郎をいじめていた頃では“憑依”でしか花蓮を自分のものにできないと半分諦めていたのに、実際手にできたのだから嬉しいものだ。紀仁のすべての努力が報われる瞬間だった。涙が止まらなかった。
 そんなことを昨日のことのように思い出す。走馬灯の記憶が紀仁をセンチメンタルな気持ちにさせた。

「まぐれだね」
「どあほう。実力っすよ」
「きゃあっ!」

 この後めちゃくちゃセックスした。


 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 紀仁が押し倒すと花蓮は赤い顔をしていた。付き合ってとっくにセックスはしている二人だ。今更恥ずかしがるのは別の理由があるせいだ。


「私。くさいよ?今日も練習した後だから」
「そんなことは知っているっすよ。でも、花蓮の汗くさいにおいが好きなんだ」
「もう!呼ぶんだったら前もって連絡してって言ったじゃない!すぐきてって言うから何事かと思って飛んできちゃったから。……シャワーだって浴びてないのに」

 かまわないというように、紀仁は花蓮の服を脱がしていく。裸にさせると花蓮の焼けた肌が露になる。高校時代からは大きくなった花蓮の乳房はようやく戸隠麗羅並みになったと言える。かたちのいい乳房と突起した乳首が可愛い。

「はぁん、ぃゃん…先輩…」

 花蓮が紀仁のことを先輩で呼ぶのは昔の名残だろう。貴耶と供に恐れられていた紀仁に花蓮は今でも律儀に先輩という呼び名が親しまれてしまっている。実際、紀仁は名前で呼んでもらいたかった。
 舌で汗と一緒に乳首をなめる。硬くなっている花蓮の乳首が興奮していることを教えてくれる。

「ひぃっ、あぁっ。乳首…んぅっ、そぉっ、そこも敏感…すぐっ、気持ちよくなっちゃうの」

 花蓮は乳首を責める紀仁の舌使いに合わせて甲高い声を上擦らせていた。乳首はぷっくりと赤く膨らみ、指で擦る肉裂も物欲しげな痙攣を繰り返していた。

「濡れてるっすね。これは汗か?」
「…先輩のばかぁ」
「そんなに花蓮が俺のちんぽを欲しがっているとは思わなかったっすよ。ちゃんと責任取ってやるっすよ」
「んぅぅ…私が欲しいんじゃなくて、今日は先輩が私を呼んだんでしょう?最初からこうするつもりだったくせに」

 確かに今日は紀仁が花蓮を呼んだ。練習終わったらすぐに家に来るようにメールを入れたのだ。
 セックスする目的だったのも本当だ。さらに言えば――

「花蓮のことが好きだから」
「きゃぅん!もぅ…恥ずかしぃよぉ…」

 紀仁の素直な告白にじわりと先程よりもお股が濡れていた。いきり立った逸物は花蓮ただ一人を求めて早く挿入してほしいと訴えかけていた。花蓮も紀仁を求めて身を委ねていた。
 しかし、今日の紀仁はかつての高校時代の一件を思い出していた。既に成人を迎えた紀仁と花蓮であるが、今でも色褪せない高校時代の記憶が、紀仁の脳にあることを思い出させる。

「そういえば、飛んできたって言っていたっすね」
「そうだよ?」
「つまり、花蓮のバックには汗に濡れたユニフォームが入っているっていうことか。なあ、今この場でユニフォームに着替えてくれないっすか?」
「絶対、いや!」

 花蓮は強く拒絶した。今回だけじゃなく、花蓮はユニフォームだけじゃなく、ランニングウェアでさえ絶対にセックスをしてくれないのだ。紀仁が強くお願いしても駄目だった。所謂、コスプレしたいと言っているのに聞き入れてもらえなかった。

「先輩ってただの変態ですね」
「なんだとぉ!」

 花蓮にコスプレしたいというほど欲求はないせいか、それとも、コスプレという概念がないせいか、そのギャップが紀仁には淋しく感じる。普通のセックスに飽き飽きしているわけではないので、紀仁は仕方なくコスプレを諦めている。
 花蓮はベッドの上で四つんばいになりお尻をゆっくり持ち上げた。目の前には、大きく張り出した花蓮のお尻が見える。鍛えられて締りのある尻筋に傷やほくろなどない、男性なら誰でもむしゃぶりつきなりたくなるような、綺麗なお尻だ。
 そんな花蓮を紀仁は後ろから責め立てたのだ。いわゆる「後背位」である。 

「あぁん、あっ、あっ、あっ……」 

 部屋の中で、ぱん、ぱんとぶつかる音が響き渡る。紀仁が力いっぱい突き上げるのに合わせるかのように、花蓮は切なくて色っぽい声をあげた。やがて、紀仁は身体を前に倒し、覆い被さるようにして、花蓮に身体を密着させた。室内には冷房が効いているはずだが、それでも火照った花蓮の身体は熱を感じさせる。 

「う、あぁ~ん、くぅ~っ」 

 紀仁が花蓮の身体の前に手を回すと、重力のせいで垂れ下がった柔らかい乳房が手に触れた。花蓮の乳房の膨らみを壊さないように触れる。その先端は先ほどより硬くなっている。 決して大きすぎず、膨らみが手に収まるのにちょうど良いかたちである。それに手を当てて、優しく包み込む。微妙な変化をつけながら、五本の指を巧みに動かす。それだけではない。指と指とで先端を挟んで、軽く力を入れてやる。 

「はあぁ、んっ、んぅっ……ふぅん」 

 紀仁の顔が見えない花蓮はその動きが見えるはずもなく、ただ快楽に身を預けている。 膣を突き上げることと、胸を揉みながら紀仁も花蓮との快楽に身を委ねる。紀仁は一段と激しく突き上げ、一段と強く胸を揉んだ。 

「あぁっ!あぁ、んっ、んっ、あ、あぁ……」 

 すると、狂ったように花蓮があえぎ声をあげた。

「あ、あぁぁ、あ、あぁっ!」
「いいっす!そのままイッちゃえよ」
「んあぁ、んん、はぁん、あぁん!」
「そらぁ!」

 勢いの衰えることのないペニスを使って、紀仁は膣深く突き上げた。

「も、もう、本当に、だめ、だめっ!あっ、あっ、あっっ、あぁ、あぁ、あぁ~っ」 

 花蓮の身体が、のけぞるようにして大きく前へと突き出される。すると、花蓮は身体を支えきれなくなり、そのまま前へと倒れ込んでしまった。先に絶頂へ到達した花蓮の膣が締り、紀仁もまたペニスから精液を噴出していた。膣内に吐き出される精液が一気に子宮口まで流れ落ちていくのを感じた。

「ふあぁぁ!あ…だめぇぇ!また、イクゥ!イクぅぅぅ!」

 上半身が倒れ、お尻だけあがった花蓮の身体がビクビクと震えていく。今迄で一番激しい絶頂を味わい、ついにはお尻まで持ち上がらなくなった花蓮は、完全にベッドに沈み込んでしまった。
 ヌポリと抜けたペニスに塞がれていた栓が開放されて愛液と精液の混じったお汁を零してシーツを汚していたのだった。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 肩で息をする花蓮の幸せそうな表情に女性の快感の気持ちよさが蘇ってくる。そう、今や花蓮と恋人同士になった俺はセックスし放題だ。
 だが、それでも物足りないのだ。紀仁が花蓮と付き合い、強化選手になったのも、すべては『飲み薬』による“憑依”をもう一度体験するためだ。
 忘れない記憶。――今晩、花蓮を呼んだのは、ただセックスするためだけに呼んだのではない。
『飲み薬』という摩訶不思議な道具が今日の素晴らしい日に紀仁のもとへ届いたことを知らせるためだった。