「きいてくれよ、麻生!」

 俺に対して望月蓮―もちづきれん―が嬉しそうに駆けつける。高校生でありながら一人部屋の学生寮に過ごしているせいか、蓮はなにかと俺の部屋に上がり込んでくる。

「どうしたの?今日も授業サボりに来たの?」
「バカ言え!俺とおまえの仲じゃないか!」
「……俺のプライベートの空間はないの?」

 珍しく舞いあがっている蓮の話を聞くよりも、蓮の手に持つモノに目が惹かれてしまった。

「なにもってるの?」
「いや、ばれちまった?おっかしいな~ちゃんと隠したつもりだったんだけどな~」

 どうやら蓮が俺の部屋に来たのは、これを見せたかったらしい。もったいつけながらも「ジャーン!」と、効果音を自分で発しながら見せる。

 『鏡』だった。女性が化粧の際に使いそうな、二つ折りになったコンパクトサイズの『鏡』であった。

「来たんだよ!遂に『商品』が届いたんだよ!」
「『商品』ってそれ?……アマゾン?」
「違うよ!エムシー販売店だよ。入荷半年待ちの商品だぞ!」
「なに、そのどっかの個人経営的なお店の名前……」

 聞いたことのない店名が作った『商品』(とはいえ鏡だ。百円ショップにでも販売してそうな陳腐な安物にも見える、鏡だ!)を自慢気に語られても困る。いったいその鏡がなんだというのか、俺には分からなかった。

「で、その鏡がどうしたの?」

 俺が話を進めると、待ってましたと言わんばかりに蓮が「ニヤリ」と不敵に笑う。親友とはいえ、うすら寒い笑みであった。

「麻生。おまえ、准のこと好きだったよな?」
「と、突然なに言うんだよ!」

 蓮が言ったのは永森准―ながもりじゅん―という、クラスメイトの女の子だ。蓮の幼馴染であり、俺とは高校生で同じクラスになって、一目で惚れてしまった女性である。
 可愛くて気が強く、クラスの中心でみんなを引っ張っていく姿がそそられる。蓮とは性格も正反対であり、まじめな准に好意を寄せるクラスメイトは俺だけではない。

「言っちゃえって、気にするな!俺とおまえの仲じゃないか~!」
「い、イヤだよ、恥ずかしい。蓮に言ったら准に筒抜けになりそうだもの」

 信用していないわけじゃないが、蓮と准は幼馴染であり、よく会話をしている場面を目撃している。ぽろっと俺が呟いた発言で蓮は何かと准と俺をくっつけたいと思っているらしく、恋愛の話になるとすぐに准の名前をだす。しかし実際、蓮と准の関係がどういうものなのか分からない。幼馴染で長くいたせいで恋愛に発展しない典型なのだろうか。それともすでに二人は付き合っていて、俺をからかっているだけなのではないかとも疑ってしまう。
 だから俺は必死に蓮に准への想いを打ち明けられずにいた。

「ふ~ん。……もし、准とやらしてやるって言ってもか?」
「・・・・・・え?」

 素っ頓狂な声をあげてしまった自分が恥ずかしい。でも、すぐさま蓮を振り向かずにはいられなかった。

「ヤラシテクレルノ……?」

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 若さ故の過ちに落ちてでも欲求に素直な自分を俺だけは褒め称えようと思う。今までの抵抗を全て翻して心揺さ振られる俺に、蓮は高笑いをみせていた。

「これから質問していくからな。十個の質問全てに答えたら、やらしてやるよ」
「ソレダケデイイノ……?」

 まじでそれだけでヤらしてくれるの?
 准だよ?クラスメイトで蓮の幼馴染の永森准だよ?
 ウソじゃないよね?

「おう!じゃあ、いっくぞ~!」

 心の準備が間に合わないまま、蓮が質問を始める。

(よっしゃああ~!バッチこ~いいぃぃ!!!)

 キャラでもなく、心の中でファンファーレが鳴り響いているのを聞いていた。

 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

「宝城麻生―ほうじょうまい―は、永森准が好きだ?」

 俺の名前をフルネームで呼ぶ蓮。いかにも雰囲気がいつもと違う様子を醸し出している。
 いきなりの初球直球ど真ん中ストレート。見逃したくても絶好球に、俺は構えて大きく振りかぶる。

「・・・・・・ハイ!」

 カキーン――ピッチャー返しセンター前ヒット――。

 言った。イっちまった……
 蓮に俺の思いが伝わっちまった。明日からどんな噂が立つのか怖くて仕方がない。でも、ここはグッと堪えて次の球に備えよう。

「くぅ……」
「なに答えておきながら泣き声出してるんだよ?へぇ~やっぱりなぁ~。麻生ちゃん~!」

 我慢だ。心を揺さぶられるな。明鏡止水の如く、すべての質問全てを打ちかえすんだ。
 准とヤアる為に――!

「准の好きな髪形はなんですか?」

 次の答えはYes,or,Noではないんですか?

「What do you like a Jun's hear style?」

 確かに准はロングから最近、ショートに変えていた。とはいえ、ロングだった時には、ドリルのように巻いたり、ウェーブやみつあみまで幅広く違う髪形で登校してくれていた。
 一週間、違う髪形で登校してきたときもあり、どれだけ準備に時間をかけていたのか問いかけたいときもあったのを思い出す。
 とはいえ、今のショートヘアーも可愛い。落ちついてみえるし、なにより表情がはっきり見えていい、・・・よね?
 それを踏まえて答えると……

「ボブカット、かなぁ」

 ――コツン。詰まりながらも一二塁打を抜けていく。

「ほほぉ~。ボブカットとはわかってらっしゃる」

 あのふんわりボリューム、肩にかかるくらいの遊べる長さにはちょうど良い髪型もまたいい、・・・よね?
 なにより、准のボブカット姿、見てないし。
 見てみたいな、なんて。見れるわけないからせめて質問の中で記録させてもらおう。

「うん。うん。次行くぞ。髪の色は何色が好き?」
「また髪の毛か!?」

 いったい何の質問だよ?髪の毛にニ問出すって、俺は決して髪フェチじゃないぞ!もし続いて髪の毛問題が出されたら、心折れるかもしれない……。

「あー。今の色で良いよ。ハニーブラウン」
「ピンクじゃなくていいのかよ?」
「いいよ、ピンクじゃなくて」
「めちゃくちゃ有りじゃねえか!マジ可愛い~。やっぱ、ピンクにしろよ」
「質問、意味なくね?」

 というわけで、ハニーブラウンになりました。……本当に、なんの質問だよ? 
 続いての質問――。

「ヤるならコスプレがいいよな?」
「質問じゃない!?決定事項~!!?」
「と、いうことで、ヤるコスチュームはなにがいい?」
「レベルたけえ~!!」

 それ、答えなくちゃ駄目?しかもコスプレでヤるの?准の趣味なの?意外なんですけど……。

「ブルマ体操着、SM嬢、水着、メイド、なんでもおk~」
「SM嬢って、えええええええええ~!?」

 ますます訳が分からないよ。なんだか例のチョイスから言っても准というより、蓮が好きそうな服装に見えて仕方がない。こんな荒唐無稽の質問に、准が本当にやらしてくれるのか不安になってくる。

「……制服でいい」

 ぼそっとつぶやいた俺の声を蓮は聞き取り、質問は次へ行く。

「ストッキング好き?」
「好き」
「絶対領域は――?」
「必須」
「じゃあストッキングは無しという方向で」
「はい」


 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 そんなこんなで十個の質問が終わる。質問としては、最初から最後まで変わらない質問ばかりだった。

「あの、これってただ俺の性癖を聞いただけじゃないの?」
「それでいいんだよ。ふむふむ……よし」

 蓮が改めて質問の答えを覚えると、『鏡』を取り出して覗いてみせた。

「いいか。良く見てろよ。おまえの趣味をばっちり覚えたからな。完璧に出来ると思うぜ!」
「出来るって、なにが?」
「――変身――――」

 あまりにさらりというものだから言葉を繋ぐまで時間がかかった。
 ヘンシン……?
 今の質問がどう変身と結びつくのか俺には分からなかった。
 分からないので、『鏡』を覗いている蓮を見つめているしか出来なかった。


「――グレイヴ、グレイヴ、『永森准』になあれ!」


「なに、その台詞……」

 野太い声でやられても美しくない……美少女がやってくれるなら納得するのになぁ。

「って、ええええええええええぇぇぇぇ!!」

 呆然と見つめていた俺の見る目が変わる。
 俺の目の前に立つ、蓮の姿がなくなっていく……望月蓮という身が変わるとはまさしく変身だ。
 『鏡』の放つ光に包まれた蓮の身長が小さくなっていくと同時に短髪の毛も肩にかかるくらいまで伸びてくるのだ。
 それだけじゃなく、男性のシルエットであったはずの身体が、徐々に変化し、胸が膨らみを増し、二の腕の筋肉が細く滑らかなものへと変わっていく。脚の筋肉も同じように細く変わっていき、まるで女性のような細いシルエットに変わってしまっていた。
 女性……それを頷けるように、蓮の象徴である男性の性器が、光の中でみるみる影を落としてなくなってしまったのだ。アソコは平らでツルツルになってしまい、光の中のシルエットはまさに女性そのものになっていた。

「あっ……」

 光が消える。
 シルエットの中から現れたのは、普段学校で見かけている制服姿の永森准であった。
 ルーズソックスとスカートの間の絶対領域や、一度も見せたことのないボブカットの髪の毛を俺に見せる准が、俺の部屋に突然現れたのだ。

「えっ…あっ……やあ」

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 とりあえず挨拶をする。あまりのことで頭が追いつかず、うまく思考ができなかった。

「あの……えっと……、俺、望月くんと一緒だったんだけどな……あれえ?」

 蓮が消えて、准が現れた。二人で考えた手品かなにかに俺は踊らされているのだろうか?
 そんな矢先に准はいきなり俺に笑いかけた。

「あはは……。なに慌ててるんだよ、麻生」

 その声は准の声であるにもかかわらず、普段の口調とは似て非なるものだった。彼女が蓮ではなく、俺に対して馴れ馴れしく会話したことは未だない。それなのに、まるで親密な関係のように絡んでくる准に対して俺はさらに混乱していた。

「麻生。おまえ、なに緊張してるんだよ?」
「えっ、だって……」
「はは……」

 准がお腹を抱えて笑っていた。笑いがおさまると、准が言った。

「俺だよ。蓮だ」
「えっ……れん……て、ええええええぇぇぇ!!?」

 信じられない絶叫が寮に響き渡った。
 目の前にいる准が蓮だなんて、俺には信じられなかった。髪の毛は変わっても普段見ている准と全く変わらない姿でいるのだ。
 その姿は誰が見たって准に見える。ましてや性別の違う蓮だと思う人が何処にいるだろうか。

「変身したんだって。目の前で見てただろう?」
「そ、そうだけど、でも、そんなの、ほんとうなの?」
「これが『鏡』だって。すごいだろ?」

 『鏡』と半分冗談で笑っていた俺は激しく後悔した。この『鏡』は誰かに変身のできる『鏡』なんだ。
 そう思うと凄くて震えが来る。すごいよ、エムシー販売店。

「俺がこのまま准の姿でヤらしてやるよ。気にしないで、俺とおまえの仲じゃないか~」

 准(蓮)が俺に襲いかかるように飛びついてくる。俺はあまりのことで不意打ちをくらい、ベッドに倒れこんでしまっていた。