木枯らしが吹くこの頃。秋が終わり冬の到来が近づいているのをガラス越しで眺める。一枚だけ残った葉っぱは、寒さに耐えて必死に生き残っていた。

「この葉っぱが散った時、俺の生命も終わるんだ」
「なにを言ってるのよ、若い子が人生にしょぼくれてちゃ駄目よ」

 看護師の貴美子が小笠原毅に優しく接するが、毅は長い病院生活に疲れてしまっていた。交通事故。歩くことさえ絶望的だと申告された毅にとって、生きているのさえ苦痛なのかもしれない。
 動くことのない景色を見ながら暇な一日に飽き飽きしている。

「お姉さんは良いよ……外に出れるから」
「小笠原くんもこれから出られるようになるわよ!頑張ってお姉さんと一緒にリハビリ頑張ろう」
「うん……」

 だが、リハビリも心の持ち様だ。今の毅にリハビリは何の意味もない。貴美子は看護師として毅の状態が分かっていた。
 だからこそ言葉ではなく、行動で示してあげなければならないと思った。
 しばらくして毅の元に貴美子が再び訪れた。

 手にはある薬を持って。

「小笠原くん。入るわよ」

 カーテンを開ける貴美子。毅はベッドから起き上がって葉っぱ一枚をただ見つめていた。

 ――目の前で葉っぱが落ちて宙に舞った。

「小笠原くん!私を見て――」

 毅の顔を無理やり向けた貴美子は一つの薬を見せつけた。

「お薬の時間です」
「……薬なら飲みました」
「違います。今から渡す薬は、あなたのリハビリを兼ねての薬です」

 毅は貴美子が見せる液状の薬を目に映した。

「『飲み薬』よ」

 毅は普段飲み薬も飲んでいる。今更もう一つ薬を増やすと言うのか。気分が重くなる。

「良く聞いて、小笠原くん。この薬を飲めばきっとあなたは歩くことが出来るようになるわ。いいえ、それ以外にもやりたいことが出来るようになる。でも良く聞いて。何があっても必ず八時間以内に此処に帰ってきて」

 歩けない身体が歩けるようになったらとても凄い効果だと言うことが分かる。でも、八時間以内に帰ってくると言うのはどういうことか?筋力増強剤(ドーピング)みたいなものだろうか?副作用が後に身体を襲うのだろうか。それはそれで怖い。

「違うわ。『飲み薬』はね、人に憑依できるの」

      お姉さんと約束

 貴美子が説明する。

「小笠原くんは『飲み薬』を飲むことで意識と身体を引き離すことが出来るわ。その間、身体は此処にあるし、あなたは意識だけの状態になるの。そうなると別の身体に移ることができるわ。当然、他人からしてみればあなたの意識が入ってくるから苦しがると思うけど、あなたが身体を動かしたいって強い意思を持っていればきっと負けることはないわ。相手の意識を抑え込めば身体の所有権はあなたに移るはずよ。――わかるかしら?あなたが他人の身体を自由に動かすことが出来るのよ」

 初めて聞く憑依という言葉。そして、貴美子が言う説明に毅は付いていけていない。分かることは、相手に乗り移れる。身体を奪えるくらいだ。

「えっ、でも、それって、迷惑な話ですよね?」
「ええ。とっても迷惑。私に憑依したら真っ先に殺しに行くぐらい迷惑な話よ」

 貴美子が毅を睨みつける。その怖さに背筋が震える。貴美子さんに乗り移るという考えはよした方がいいと毅は本能的に悟った。

「でも、それほど外に歩きたいと望むなら、小笠原くんにだけこっそり用意した完成品。どうする?飲む?飲まない?」
「……もし、八時間以内に帰ってこれなかったら?」
「身体が持たないで心臓停止よ。一度止まった心臓は動かすことはできない。それだけは心に留めといて」

 凄い効き目には危険が伴うということか。貴美子から手渡された飲み薬としばらく睨み合いが続いた。

「…………わかりました」

 そして、毅は決断する。

 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 俺は空を飛んでいた。厳密に言えば浮いていたということになる。
 飲み薬を飲んだ後、身体から切り離された俺は意識だけとなって宙を彷徨っていた。
 どこにも行くという宛てはないが、今は家に帰ってみたかった。俺の部屋はどうなっているのか、家はどうなっているのかなど、自分の目で見てみたかったからだ。

 ………………

 とは言うものの現実は上手くいかない。
 まず、何も見えないのだ。そして何も聞こえなければ何も喋れない。五感ぐらいは備わっているものだと思ったがそうではなかった。意識だけの状態になるとは植物状態に近い。特に何も見えないというのは辛いものがあり、これでは自分が今どこにいて何が起こっているのかもわからない。
 時間間隔すら狂い、知らぬ間に八時間過ぎてしまうのではないかという恐怖感さえ浮かんでくる。

「(どうしよう。軽い気持ちで飲んで失敗したかな……)」

 ――プニッ

 何かがぶつかった、もしくは何かに押しつぶされた。はっきりと断言できないのが悲しい。今自分に何が起こっているのかが分からない。
 身体がそのまま浮かんで、ある地点に到達すると突然辺りが明るくなりはじめた。
 
「えっ、なに――?……えっ?」

 ようやく声が出た。でも、その声は自分の声ではなかった。
 慌てる俺にまわりがどうしたんだと不審な目を向ける。
 落ちついて考える。肩にかかる髪の毛、身につけたこともない服、そして膨らみのある胸。

「―――――――――」

      初憑依編

 ようやく事態を把握した。
 俺は誰かに初めて乗り移っていた。